列国の愉楽(1929)

1929年にヨーロッパの芸術映画サークルでちょっとした話題になったアマチュア作品がある。”The Gaiety of Nations”という題名だが、ここでは「列国の愉楽」と呼ぼう。
この作品は第一次世界大戦を挟んだ欧米の歴史を表現した11分程度のものである。A・H・アーン(A. H. Ahern)とジョージ・H・シューエル(George H. Sewell)の二人によって作られた作品なのだが、冒頭の字幕にあるように「15フィート×11フィートの部屋の中ですべて撮影(一つのショットを除いては)」されたという。8畳ちょっとのサイズの部屋だ。

厚紙を切り抜いて作った街並み、新聞や株取引の黒板といった小道具を用いて、巧みにストーリーを展開していく。シルエットやキアロスクーロに比重を置いた照明、極端なクローズアップ、手持ちカメラ、数フレームまでそぎ落とした編集など、サイレント末期当時の映画テクニックをふんだんに盛り込んでいる。
特に戦争の場面は「厚紙で作った」ことが誰の眼にも明らかだが、なにか禍々しい衝撃を残していく。戦車が現れるシーンなどは構図として隙無く嵌っていて、「物語り」のクリシェをなぞることで逆に我々の想像力を刺激している。
ジョージ・H・シューエルはアマチュア映画のパイオニアとして知られているようだ。シューエルとアーンが1924年に製作した「Smoke」という短篇(35mm)は、どんでん返しのエンディングがその後のアマチュア映画に影響を与えたといわれている。

【参考】
“Small-Gauge Storytelling: Discovering the Amateur Fiction Film, Ryan Shand”、Ian Craven (2013)

Close Up、1929年 10月号 

オスカー・フィッシンガーの徒歩の旅

UNKNOWN HOLLYWOODの第1回に来ていただいた方は、この短篇フィルムを覚えていらっしゃるだろう。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=bJDb-cj1YLA]
これは、ラッキー・ストライクのコマーシャル(1948)だ。実は、これはオスカー・フィッシンガー(Oskar Fischinger, 1900 – 1967)が戦前1930年代にドイツで製作したタバコのコマーシャルの真似だということを知った。ムラッティというブランドのタバコのコマーシャルが1934年と1935年に製作されている。これは実は以前日本でレーザーディスクで発売されていたようだ。

オスカー・フィッシンガーは抽象映像芸術の先駆者であり、その後のヴィジュアル・アーツに大きな影響を与えたと言われている。1920年代から、ヴァルター・ルットマンと交流があり、お互いを刺激する関係にあった。フィッシンガーの仕事で有名なのはフリッツ・ラングの「月世界の女(Frau im Mond, 1929)」の特殊効果である。月面や宇宙空間、そしてロケットなどのヴィジュアルを提供した。その頃、彼自身はスタディーズと呼ばれる、紙に炭で描いたアニメーションを製作している。これらは音楽と同期させて鑑賞することを目的としており、映像史上初のMTVとも言えるかもしれない。


フィッシンガーが1920年代に発明した装置に「ワックス・スライシング・マシーン」がある。これはワックスで作成されたオブジェをスライスしてその断面を1フレームずつ撮影していくものである。これで製作された作品が「ワックス・エクスペリメンツ(Wax Experiments)」と呼ばれている。

彼の作品をもっと知りたいと思うが、なかなか見る機会はなさそうだ。特に彼の作品を管理している、フィッシンガー・トラストが多くの作品を再リリースしていない現状では致し方ない(特に彼が製作したコマーシャルなどは、フィッシンガー自身の遺志によるところも大きいようだ)。そんななかで現在全編見ることが出来て、なおかつ非常に興味深いのが「ミュンヘンからベルリンまで徒歩の旅(Munchen-Berlin Wanderung, 1927)」である。家賃が払えなくなってベルリンに逃避行したときの徒歩の旅程で得られた映像を映画にしたものである。これは見る機会があればぜひ見てみたい。

この抜粋を見て思い出したのが、2002年ごろから数年間、マイクロソフトが研究開発していた「マイライフビッツ(MyLifeBits)」で導入されたセンスカム(SenseCam)である。 マイライフビッツは、自分の人生をすべて記録して保存するシステムを提供しようというプロジェクトで、ゴードン・ベルが自身でそれを実践していたのだが、そのときに首からぶら下げてタイムラプス映像を取り続けるカメラがセンスカムである。これがその例である。
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=V0iqj27LKGA]
最近は自撮り棒で自分のビデオを撮るのが流行っているが、以前は外界を撮ることに熱中していた時期があった。このセンスカムとそのアイディアは、実はアルツハイマー病や記憶喪失などの記憶障害の患者のために利用されている。その日一日の行動を記録したものを後で見直すことで、記憶の復帰を刺激することができるとされている。

「ミュンヘンからベルリンまで」を記録した、そのときの記憶の持ち主はもういないのだが、その映像は私達に別の経験を与えてくれる。それはどういうことなのだろうか。私は「他人が撮った映像」「自分が撮った映像」を見るという行為のはじまりについて、もう一度最初から考え直さないといけないようだ。

ハンス・カスパリウスの「ヒデンゼー(1932)」

英国の映画雑誌「Close-Up」の1932年9月号に掲載されていたスチール写真に眼を惹かれた。

ドキュメンタリー映画「ヒデンゼー(Hiddensee, 1932)」からのもの。監督はハンス・カスパリウス(Hans Casparius)。ヒデンゼーはバルト海の孤島だ。そこを舞台としたドキュメンタリーだと思われる。思われる、というのも、この映画についての情報がほとんど見つかっていないからだ。

ハンス・カスパリウスの映画界における活動は、G.W.パブストの「三文オペラ(1931)」などにスチール写真家として参加していること、戦後「サイモン(Simon, 1954)」という短編映画をイギリスで製作したことくらいがIMDBに掲載されている程度である。この「ヒデンゼー」というドキュメンタリー映画についてはリストされていない。

カスパリウスは、写真家として1920年代からナチス台頭前のベルリン、そしてその後ロンドンで活躍しているようである。ジグスモンド・フロイトの肖像写真のひとつも彼のクレジットになっている。

彼のベルリン時代の写真は、街の何気ない風景をスナップした作品だ。対象を瞬時にとらえたようなものが多い。けれども、陽光に満ちた白とそれが落とす影とがしっかりと刻まれ、そのコントラストが魅力的だ。

ちなみに、短編映画「サイモン」はショーン・コネリーが映画出演した二作目らしい。また、カスパリウスが監督・製作した、スコットランドを舞台にしたドキュメンタリー映画「You Take the High Road (1950s)」は、ここで見ることができる。

立体的に見るということ(3)

立体的に見るということ(2)の続きです

今までの話は、相対的な遠近関係を幾何学的に導き出した方法で表すことについてでしたが、光を用いて遠近感、奥行きを表現する方法もあります。

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1920年代の3D映画

3D映画は、ハリウッド映画史上において1950年代に最初にブームを迎えたとされていますが、実は1920年代に一度ブームを迎えているのです。この時期の3D映画は、今となってはその完成度や影響力を把握しにくいものになっています。というのも、そのほとんどが消失してしまっているからです。

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