ヘンリー・ハサウェイ監督のセミ・ドキュメンタリー/フィルム・ノワール『出獄(Call Northside 777, 1948)』は実際に起きた冤罪事件をもとに映画化された作品だが、クライマックスに登場する《証拠写真》のエピソードは、別の冤罪事件の実話をモデルにしたものだった。写真に「写り込んでいるもの」、さらには「写っていないもの」が呼び起こす想像の魅力について考えてみる。
Los Angeles , 1957
Los Angeles , 1957
最後に取り上げるのは、《フィルム・ノワール》が登場してくる背景についての議論である。とくにここでは技術的背景について述べたい。 続きを読む 曖昧な、曖昧な、 フィルム・ノワール [6]
Citizen Kane (1941)
第二次世界大戦前後の映像技術や工学をながめていると、この頃から、《見えるもの》と《見えないもの》の境界を曖昧にするテクノロジーが徐々に社会に浸透し始めている様子が見えてくる。可視の外側の現象が、平然と可視の領域に滑り込んで、ヒトは自らの知覚が広がったかのような錯覚に囚われ始める。この錯覚は時としてとても危険なものになりうるのだが、視覚に不自由を感じないヒトはすべての感覚のなかで視覚を無防備に無批判に信望していて、その危なかっしさを見逃しがちである。
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