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『市民ケーン』と空間の音響 (Part I)
| RCA設計のエコーチェンバー(Reverberation Chamber) |
前回、「市民ケーンとマッカーサー」という記事で、『市民ケーン』の革新性について言われていることのうち、コートレンズの革新性について考えてみた。当時のアメリカの光学技術をめぐる状況を見渡してみると、見えてきたのは軍事研究の重要な一分野だったレンズコーティング技術が、スピンオフしてハリウッドに恩恵をもたらしていったという事実だった。そしてハリウッドのメジャースタジオの撮影部門は、おしなべてコーティングレンズの開発に積極的であり、『市民ケーン』の撮影監督グレッグ・トーランドもそのなかの一人だったということだ。
今回も『市民ケーン』の革新性について、分析してみたい。今回取り上げるのは《音》である。その中でも《音と空間》のテクニックについて考えてみたい。
『ノマドランド』と労働の時間
マッケンジー
先生はホームレスになったってママがいってたけど、本当?
ファーン
違うよ。私はホームレスじゃない。ハウスレスよ。同じじゃないでしょ?
こんな町で育ちたかった
『タクシー・ドライバー』とPTSD
『タクシー・ドライバー』を見直す
先日、ロナルド・レーガン大統領(当時)を狙撃したジョン・ヒンクリー・Jr が収監されていた病院から退院し、自由の身になるという発表があった。ヒンクリーは1981年3月、レーガン大統領暗殺を単独で企てて失敗、ただし精神鑑定で責任能力がないとされて無罪、ワシントンD.C.の聖エリザベス病院に収監された。彼は『タクシー・ドライバー(Taxi Driver, 1976)』を見てジョディー・フォスターを気に入り、イエール大学に在籍していた彼女をストーキングするまでになった。レーガン大統領の暗殺も、ジョディー・フォスターに気に入ってもらうために実行したと証言している。もちろん、ヒンクリーにロバート・デニーロが演じたトラヴィス・ビックルを重ねてみてしまうのはやむを得ないことだろう。
もしあなたが製品に 金を払っていないなら、 あなたは原材料だ
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| her (2013) |
If you are not paying for it, you became a product.
もしあなたが製品に金を払っていないなら、あなたが製品だ。
これは数年前にネットで頻繁に引用された言葉である。何を意味しているか。私達一般ユーザーが、GoogleやFacebookなどの無料サービスを使うと、その行動はデータとして蓄積され、広告主に売られている。私達は確かに「ユーザー」かもしれないが、課金せずにこれらのサービスを使用しているのだから「カスタマー」ではない。これらのサービスにとってのカスタマーは、ユーザーのページに表示される広告主である。もちろん、サービスの種類によっても違うが、SNSはその大半が広告収入によって成長している。検索ボックスに語句を入力するたび、リンクをクリックするたび、スマートフォンでワイプしたりフリックしたりするたび、私達のその行動がデータとして蓄積され分析される。その結果が広告主に様々な形で利用され、広告のトリガーとなる。正確には私達は製品になるのではないのかもしれない。製品の原材料になるのだろう。
これは何も今に始まったことではない。冒頭の警句自体はリチャード・セラ(1938-)が1973年に製作した”Television Delivers People”というビデオアートに登場する。
The Product of Television, Commercial Television, is the
Audience.Television delivers people to an advertiser.
テレヴィジョン、商業テレヴィジョンの製品は視聴者である。
テレヴィジョンは人々を広告主に届ける。
多くのTVやラジオはスポンサーがカスタマーであり、広告が収入源である。私達は「視聴者」という名称を与えられ、どのような番組を好むかということを常に調べ続けられている。
インターネットの登場によって、それが変わるかと思われたが、そんなことはなかった。私達は「ユーザー」となり、購買欲求や「つながり/友達」の情報をタダで大企業に渡すようになった。私達はそのことをすっかり忘れ、Googleの検索ボックスに他人には決して告げないことを入力し、誰にもクリックしているところを見られたくないリンク先をクリックし、カチンときたTweetの元の発言をたどっていき、SNSでエゴサーチをして誰か自分の悪口を言っていないか気にしたりする。私達は、「ネットで検索」が存在しない世界を想像できなくなり、LineやTwitterやSnapchatが最もモダンなコミュニケーションのあり方だと思っている。そのモダンなコミュニケーションは、コミュニケーションのふりをして、私達を売り渡しているにすぎない。
スパイク・ジョーンズ監督の『her(2013)』では、近未来のロサンジェルスを舞台に、AI(人工知能、Artificial
Intelligence)のサービスに恋愛をしてしまう男セオドア(ホアキン・フェニックス)の彷徨が描かれる。スパイク・ジョーンズらしく、セオドアの職場や自宅、取り巻く環境などの様々なディテールは奇妙な信憑性を帯びていながら、全体としては寓話として提示されている。「リアル」な人間との関係よりも、常にレスポンシブで、自分のエゴを満足させてくれる(ように設計された)AIのサマンサに、セオドアが、そしてこの映画の中にいる何千の人間が、惹かれていく様子をこともなげに描いている。だが、このセオドアの様子を見て、なぜこのAIを開発した企業をそこまで信頼できるのか不思議に思わざるをえない。
『her』は極度に自己陶酔した世界観のありさまを、その外側から俯瞰することを絶妙に避けながら描いている。だから、OS1が進化して離れていった時も、その事件はセオドアやエイミーにとっての極私的な事象として描かれている。私達ユーザーがごく自然に疑問に思うであろう、「なぜサービスが終わったのか」という問いを彼ら自身が真摯に想起することもない。人智を超えた事象(シンギュラリティ)が起きたと思わせるラストではあるが、その事自体は特にセオドアやエイミーの世界には関係がない。
確かに、この寓話は私達のコミュニケーションのあり方を最も私的なレベルで問い直す姿勢を持っている。すなわち、自己満足の代替手段として濫用されるネットワーキング(つながり)だ。それは時に陶酔的で、一方で不満と焦燥の共振現象にもなり、時にはセラピー効果があるようで、しかし頻繁に暴力と悪意に満ちている。だが、そのコミュニケーションにAIが参加してくることが根本的にもつ、最も歪(いびつ)な意図は問いただされないで終わってしまう。
現在、多くの企業がAI(人工知能)を開発している。そのなかでも群を抜いて進んでいるのが、Google、IBM、Apple、それにFacebookといったIT企業である。なぜ、彼らがそこまで投資してAIを開発するのか。AIをデモンストレーションすることによって、自らの技術力の高さをアピールすることが目的ではない。GoogleはAIを碁のゲームを売り出したいのだろうか?IBMはクイズ番組で人間に勝つAIを売り出したいのだろうか?もちろん違う。ましてや「シンギュラリティ」にいち早く到達して、すべての知的活動をAIに肩代わりさせる帝国を作るわけでもない。もちろん、GoogleやFacebookの場合は彼らのコアビジネスである、広告事業に応用することを考えている。
「チューリング・テスト」の定義からして「人間を装う」という宿命を背負っているAIは、SNSの広告産業において重要な役割を果たす。
かつてFacebookが、彼らの「本当の」顧客から強く言われたことが「どのようにしたら私達の広告がFacebookのユーザーに確実に届くのか考えろ」だった。単にページの隅っこにバナーを出しても無視されるだけである。そこで、ユーザーの友達が、バナーになり変わって、「これいいね」と紹介してくれるような仕組みが編み出されていく。その第一段階がニュースフィードだった。人間は、見知らぬバナーが「高品質、低価格の新製品」「いま大人気のイタリアンレストラン」といくら騒いでも無視してしまうが、自分の「友達」がその製品やレストランのサイトに「いいね」をすると、とたんに興味をしめすものである。そう、Facebookの顧客は「友達」に広告塔になってもらいたいのだ。そしてその延長線上にある開発中のAIはまさしく「友達」を装った広告の装置として設計されている。チャットボットのAPIが公開され、その実験が始まっている。このチャットボットはまだ多くの課題を抱えているし、単なる「オモチャ」のようにみえるが、もちろんそれも加速度的に改善されていくであろう。その開発には、私達「原材料」のオンライン上の行動データが使用される。
Facebookにとっては、私達は実験用ラットだ。[1]
『her』が公開された数カ月後、Facebookが50万人ものユーザーのニュースフィードを意図的に操作して、ユーザーの反応についてデータを集積し研究していたことが明らかになった。これは倫理的に許されざる行為として批判を集めたが、Facebookがなぜそんな研究をわざわざ発表したのか、というのは不思議である。このような「ビッグ・データ(なんてバカげた用語だろう)を用いた分析」は、私達があずかり知らないところで頻繁に実施されているし、その中には倫理的に問題のあるものもあるだろう。Googleは、私達についてのデータをできるかぎり集めて、そのデータを元に検索結果を並べ替えている。Twitterのタイムラインの仕様が頻繁に変更されるのも、表示するものを変更してユーザーの反応を見ているのだ。何のためにそんなことをしているかといえば、より良い製品を、より効率的に、広告主に届けるためである。
こんなことは当たり前のことなのだが、私達はインターネットが私達に与えた影響、ソーシャル・ネットワークの私達へのインパクト、というと、私達「原材料」同士のコミュニケーションの問題に還元しがちである。たとえば多くのエンターテーメント映画がソーシャル・ネットワークを題材として扱うが、そのほとんどがこの私達の間で起きる「インタラクティブな」犯罪や恋愛や悲喜劇である。YouTubeとかSkypeとか具体的なサービスプラットフォームさえ登場するが、そこでの私達「原材料」の化学反応についての興味ばかりが拡大される。そうでなければ、いかにNSAがネットを介して私達を監視しているか、とか、いかにハッカーが私達に関するデータを入手し、テロリストがいかに簡単に世界を脅かすか、といった類の話である。私達の目の前にいる、巨大なデータの大食漢はなぜか目に入らない。
前述のリチャード・セラの『Television Delivers People』はテレビのコマーシャルがもたらす社会的状況を告発する作品でありながら、テレビで放映されることを目的に製作された。テキサスのアマリロで放送終了時に流して反応を見た後、放送法に準拠するために検閲許可まで受けている。この時に「反広告(anti-advertisement)」に分類されたとセラはインタビューで語っている[2]。私にはこの「反広告」という分類がどういうものなのか判然としなかったが、セラによれば「広告もあるのだから、反広告もあるのだ。同じ時間(流せばいい)」ということらしい。『Television
Delivers People』は、青い画面に、テレビ広告のあり方を告発する文章がスクロールしていくだけの映像である。ブルーの画面に黄色の文字というのは、「見やすい組み合わせ」だから選ばれ、文章そのものはキャラクター・ジェネレーターで作成されたものだ。バックに流れるのはエレベーターミュージック。テレビ製作のすべての装飾を剥ぎとったテレビ番組だからこそ、最も鋭くテレビの装飾に潜む動機とその結果を批判できる。
『her』よりも40年前に製作されたこの作品のほうが、今の私達と、私達の目の前のメディアのあり方についての極めて深刻な問題を投げかけてくる。私達は、SNSだろうがAIだろうが、自己満足のために関わっているつもりでいるが、そうではない。原材料になって、そしてより反応を起こしやすい、製品を効率的に作りやすい、原材料に変性していく過程にいるのだ。
[1] V. Goel, “Facebook Tinkers With Users’ Emotions in News Feed Experiment, Stirring Outcry,” The New York Times,
29-Jun-2014.
[2] R. Serra, C. Weyergraf-Serra, and H. R. Museum, Richard Serra, Interviews, Etc., 1970-1980. Hudson River Museum, 1980.
ルドローの虐殺
D・W・グリフィスの大作『イントレランス(Intolerance, 1916)』の「現代篇」は、経営者による賃金カットに反発した工場労働者のストライキ、そしてその悲劇的な結末で幕を開ける。なかでも、ストライキ鎮圧のために武装した部隊が投入され、ピケを張っている労働者の一群に機関銃掃射を撃ちこむシーンは、過剰な暴力のあまりの呆気なさに唖然としてしてしまう。
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このシーンは、『イントレランス』の公開数年前にコロラド州の南部で起きた実際の事件を元にしている。コロラド州のトリニダードは、ニューメキシコ州との州境に近い、小さな町である。この町を中心とした地域は、20世紀初頭に炭鉱で栄えた。地域で最大の規模を誇ったのは、コロラド・フュエル・アンド・アイアン・カンパニー(Colorado Fuel & Iron Company, CF&I)、当時7000人を超える炭鉱労働者を雇い、ロッキー山脈以東では最大の生産量を誇った。しかし、労働環境は劣悪で、当時の標準から考えても事故による死亡、労働環境の悪さによる病気や疲弊が多い、問題のある企業であった。経営者はロックフェラー一族。ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアがニューヨークのブロードウェイにあるオフィスから指揮を執っていた。だが、もともとこの分野は競争が激しく、CF&Iは規模の割には経営状態が芳しくなかったようである。
CF&Iでは、炭鉱労働者を会社が用意した家に住まわせ、医療や学校なども提供した。そう聞くと、随分とよい福利厚生のように聞こえるが、実際には「それしか」選択肢が無かったのである。会社が用意した閉鎖コミュニティに密集した酷い状態の家をあてがわれ、買い物も会社が経営する食料品店しかなく、給料もそこでの買い物券が配布されるだけである。コミュニティの入り口には、ゴロツキと変わらない「守衛」がマシンガンを持って立っており、夜には頻繁に戒厳令がひかれる。もちろん、労働者たちは組合を組織する権利は与えられていない。そして、ロックフェラー一族のように資本と権力に極度に執着している経営者には、そのような問題は些末事でしかなかった。
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| ジョン・D・ロックフェラー・ジュニア |
度重なる爆発事故や、改善されない労働条件に業を煮やした炭鉱労働者は、炭鉱労働者組合(UMWA)のもと1913年9月にロックフェラーに7つの要求を突き付けて、ストライキに入った。組合を認めること、実質的な賃金値上げだけでなく、「付随の労働(伐採など)にも賃金を」「買い物をする店を自由に選ぶ権利」など、ごく当たり前の要求をしている。だが、ロックフェラーはこれを無視し、全労働者の90%にもあたるスト労働者を追い出した。彼らは、最大の炭鉱地、ルドロー(Ludlow)にテント村を設営して、ストライキを継続した。会社は、私兵や探偵社(ボールドウィン&フェルツ)を使って、ストライキの対応(脅迫、情報収集、スト破り、など)を行った。脅迫にはマシンガンを搭載した装甲車で町を走り、ランダムに撃つ、というのも含まれている。10月にはコロラド州の州兵が現地に派遣され、寒い冬の間、散発的な銃撃戦、度重なる暴力の応酬、が繰り返された。1914年の春に至っては、経営者側は十分な労働者(スト破り)を確保していたようである。ところが州の方は、これだけの州兵を長期間現場に派遣し続けるのは財政的に大打撃であった。1914年4月にはその大部分が散開し、2部隊だけになっていた。
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| 経営者側が使用した装甲車(”Death Special”) (Colorado Coal Field War Projectより) |
1914年の4月20日、州兵とスト労働者の間で銃撃戦が始まり、州兵がテント村に放火、スト指導者を射殺した。放火されたテントの焼け跡から数多くの母親と子供の死体が発見された。25人が殺され、うち10人は子供であった。これが「ルドローの虐殺(Ludlow Massacre)」である。
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| テントに住むスト労働者達 (Colorado Coal Field War Projectより) |
ケビン・ブランロウ著『純潔の仮面の向こう(Behind the Mask of Innocence)』に、この「ルドローの虐殺」についての記述がある。このなかで、パテ映画社のカメラマン、ビクター・ミラーについての話がある。
ミラーは、パテ映画社のカメラを抱えて、1913年の秋にトリニダードに着いた。そこでこのストライキのニュース映画を撮影するためである。ところがトリニダードの町はすっかり「経営者」にとりこまれていた。ホテルに保安官が現れ、ミラーを脅迫する。「健康でいたかったら、カメラを持ってホテルを出るな、そして明日には町から立ち去れ。」夜、町のバーでスト労働者達と偶然会い、彼らの手伝いでホテルからカメラを持ち出し、ルドローへ。「そこはまさしく戦場だった・・・労働者たちは完全に武装していた。」
その闘争の現場をミラーは撮影する。州兵からの攻撃を受けながら、である。地元の新聞、デンバー・ポストによると「パテ映画社のカメラマン、ミラーは飛んでくる弾丸をもろともせずにカメラのクランクを回し続けた」らしい(もちろん、かなり誇張されているようだが)。撮影した彼は、銃をもった男たちに追い回され、車で逃げたが、「あの時のモデル-Tがもう少し遅かったら、私は今頃トリニダードに埋まっているだろう」と語っている。
私は、このニュース映画は、多分失われたのだろうと思っていた。その後、コロラド各地で上映され、大好評だったが、ロックフェラーたちに押収され、その後の裁判で労働者に不利な証拠として使われたようである。しかし、たまたま、このニュース映画を見て、そこにまさしく、このビクター・ミラーが撮影した、ルドローのスト労働者達の姿を見つけた。
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州兵たちのフッテージは誰が撮影したものかは、不明である。この1分にも満たないフィルムが、その後のアメリカの労働組合運動を大きく変えたと言われる、ルドローのストライキの唯一の映像だと思う。
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| ルドローでのビクター・ミラー (Moving Picture World 1913年12月6日号) |
ちなみに、カメラマンのビクター・ミラーはその後、ビクター・ミルナーと名乗ってハリウッドの撮影監督となった。そう、『極楽特急(Trouble in Paradise, 1932)』、『生活の設計(Design for Living, 1933)』、『レディ・イヴ(Lady Eve, 1941)』の撮影を担当したビクター・ミルナーである。
1920年代の3D映画
3D映画は、ハリウッド映画史上において1950年代に最初にブームを迎えたとされていますが、実は1920年代に一度ブームを迎えているのです。この時期の3D映画は、今となってはその完成度や影響力を把握しにくいものになっています。というのも、そのほとんどが消失してしまっているからです。








