忘れられたフェミニスト映画批評家

自分からの逃走

バーバラ・デミングという名前を聞いてピンとくる人は決して多くないだろう。1960年代後半のベトナム戦争と反戦市民運動について興味がある人であれば、1966年にハノイで非暴力を訴えてデモをした6人組のアメリカ人の一人だったことを覚えているかもしれない。あるいはロバート・スクラーの映画史の著作に、彼女の名前が数回登場するのをぼんやりと記憶している方もいるかもしれない。映画批評の歴史の中で極めて重要な位置を占める、ジークフリート・クラカウアーの「カリガリからヒトラーへ From Caligari to Hitler(1947)」の「緒言 Preface」に、バーバラ・デミングへの謝辞が述べられているのを見て、いったい誰だろうと思った人もいるかもしれない。

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赤外線フィルムの時代

第二次世界大戦前後の映像技術や工学をながめていると、この頃から、《見えるもの》と《見えないもの》の境界を曖昧にするテクノロジーが徐々に社会に浸透し始めている様子が見えてくる。可視の外側の現象が、平然と可視の領域に滑り込んで、ヒトは自らの知覚が広がったかのような錯覚に囚われ始める。この錯覚は時としてとても危険なものになりうるのだが、視覚に不自由を感じないヒトはすべての感覚のなかで視覚を無防備に無批判に信望していて、その危なかっしさを見逃しがちである。

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エドワード・ホッパーと戦争

エドワード・ホッパー(1882 – 1967)の「ナイトホークス Nighthawks」は、彼の数ある作品のなかでも最も有名な作品だろう。蛍光灯に煌々と照らされた店内。寂しいような、落ち着くような、不思議な場所。しかし、この風景は、作品が製作されたとき、存在してはいけない風景だったというのはあまり知られていない。

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『深夜の告白』の3つのショット

以前紹介したアーヴィング・ピシェル監督『ハッピー・ランド(Happy Land, 1943)』は、1943年7月にサンタ・ローザ近辺でロケーション撮影されたが、1943年の後半にロサンゼルスでロケーション撮影された作品がある。ビリ-・ワイルダー監督の『深夜の告白(Double Indemnity, 1944)』である。

今回は『深夜の告白』のオープニングの3つのショットだけを取りあげたい。

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アメリカの朝

このブログでは、今まで幾度か、ロナルド・レーガンが二期目の大統領選のときに繰り広げたキャンペーンで製作されたコマーシャル「Morning in America」について触れてきた。『ノマドランド』に見られる《マジック・アワー》の美学と労働倫理の結託について考える時の、その先駆的な映像としての位置付けや、ソノマ郡という場所がハリウッド映画で果たしてきた役割のなかでの例として言及した。この「Morning in America」について記しておきたい。

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模範的な町、サンタ・ローザ

カリフォルニア州の小さな町サンタ・ローザは、アルフレッド・ヒッチコック監督の『疑惑の影(Shadow of a Doubt, 1942)』でロケーション撮影に使われて以来、新作映画の企画で《アメリカの片田舎の小さな町》が登場するたびに、ロケーション候補地のトップにその名前が挙がるようになった。19世紀のイタリア風ヴィクトリア朝建築の住宅、広さを感じさせる中央通り(メイン・ストリート)の存在、町の支柱としての時計塔、ひらけた交差点をのぞむ教会、並木に埋もれた住宅街といった要素が、カリフォルニア特有の陽光の風景のなかに適度に薄められたノスタルジアを呼び起こすのだ。この町が果たすべき役割を住民も承知しているかのようだった。

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『疑惑の影』の製作

前の記事のような状況下で、プロデューサーのジャック・スカーボールと監督のアルフレッド・ヒッチコックは『疑惑の影』のロケーション撮影をおこなった。ニュージャージーで序盤のシーンを撮影した後、大部分を北カリフォルニアのサンタ・ローザで撮影した。

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