前回、真珠湾攻撃とその後に続く伊号潜水艦の攻撃が、アメリカ西海岸に《消灯令》と《灯火管制 》をもたらした経緯をみてみた。
では、それらがどのようにハリウッドの映画製作に影響を及ぼしただろうか。
前回、真珠湾攻撃とその後に続く伊号潜水艦の攻撃が、アメリカ西海岸に《消灯令》と《灯火管制 》をもたらした経緯をみてみた。
では、それらがどのようにハリウッドの映画製作に影響を及ぼしただろうか。
第二次世界大戦期のハリウッド映画製作について調べていると、《blackouts and dimouts》という表現に頻繁に遭遇する。どちらも《灯火管制》のことだろうと思い、最初は余り気にしていなかったのだが、どうもはっきりしないことが積み上がっていった。調べていくと、《blackouts》と《dimouts》は、それぞれ違う規制を意味していて、それらがハリウッドに与えた影響も異なっていた。ここでは、その成り立ちの違いを見てみる。
ジョセフ・H・ルイス監督の『拳銃魔(Gun Crazy, 1950)』について調べているときに、ハリウッドと銃の関係について、つい調べ始めてしまった。Hollywood Reporterにこんな動画があったのを見つけた。
Part Iはこちら
| RCA設計のエコーチェンバー(Reverberation Chamber) |
前回、「市民ケーンとマッカーサー」という記事で、『市民ケーン』の革新性について言われていることのうち、コートレンズの革新性について考えてみた。当時のアメリカの光学技術をめぐる状況を見渡してみると、見えてきたのは軍事研究の重要な一分野だったレンズコーティング技術が、スピンオフしてハリウッドに恩恵をもたらしていったという事実だった。そしてハリウッドのメジャースタジオの撮影部門は、おしなべてコーティングレンズの開発に積極的であり、『市民ケーン』の撮影監督グレッグ・トーランドもそのなかの一人だったということだ。
今回も『市民ケーン』の革新性について、分析してみたい。今回取り上げるのは《音》である。その中でも《音と空間》のテクニックについて考えてみたい。
マッケンジー
先生はホームレスになったってママがいってたけど、本当?
ファーン
違うよ。私はホームレスじゃない。ハウスレスよ。同じじゃないでしょ?