おぞましい野蛮が飛び出すとき

《保守派》と《リベラル》のあいだの溝が、SNSによって近年さらに広く、深くなっているという指摘は多い。私は、本当にそうなんだろうか、という疑問を抱いている。文化をめぐる政治が二極化したのは、Facebookや旧Twitterのせいなのだろうか。むしろ、もともとの議論がそのように設計されていたのではないだろうか。ポリティカル・コレクトネスの議論が湧き上がってくる最も初期の1980年代後半から90年代のニュース映像を見ていて、その設計について考えるようになった。

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ポリティカル・コレクトネスのポリティクス

最近、Fox NewsやCNNの映像を見ていて気になったことがあって、1970~90年代のアメリカのTVニュース映像を見直していた。そういったものを見ながら、いかにマスメディアが、現在のさまざまな議論(ディスコース)
のあり方に影響を与えてしまったかという点を考え直している。そのことを書き記す前に、まずは背景となった1990年代初頭のアメリカのキャンパスの風景から見直していこうと思う。

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スティーブ・バノン地獄で君臨することを夢見る男

ダニエル・デフォーは「神が祈りの家を建てると、かならずそこに悪魔が礼拝堂を建てる」と言った。そして、その礼拝堂のほうに人が集まるのだという。
礼拝堂になぜ人が集まるのかは、悪魔の説教を聞いてみないとわからないだろう。もちろん、悪魔の説教だから嘘や悪言や虚言にまみれているだろうし、それを聞き分けるのは相当の注意力を要する。だが、この説教には人々の迷いや怒り、憎しみ、絶望、悲しみ、不安といったものを捧げさせるだけの説得力があるに違いない。自分がそういったものを乗り越えられていると勝手に信じているからと言って、その説教の誘惑に魅せられている同胞をあざ笑っているわけにはいかない。

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アメリカの朝

このブログでは、今まで幾度か、ロナルド・レーガンが二期目の大統領選のときに繰り広げたキャンペーンで製作されたコマーシャル「Morning in America」について触れてきた。『ノマドランド』に見られる《マジック・アワー》の美学と労働倫理の結託について考える時の、その先駆的な映像としての位置付けや、ソノマ郡という場所がハリウッド映画で果たしてきた役割のなかでの例として言及した。この「Morning in America」について記しておきたい。

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