おぞましい野蛮が飛び出すとき
ポリティカル・コレクトネスのポリティクス
のあり方に影響を与えてしまったかという点を考え直している。そのことを書き記す前に、まずは背景となった1990年代初頭のアメリカのキャンパスの風景から見直していこうと思う。
Twelve O’clock High (1949)
スティーブ・バノン地獄で君臨することを夢見る男
礼拝堂になぜ人が集まるのかは、悪魔の説教を聞いてみないとわからないだろう。もちろん、悪魔の説教だから嘘や悪言や虚言にまみれているだろうし、それを聞き分けるのは相当の注意力を要する。だが、この説教には人々の迷いや怒り、憎しみ、絶望、悲しみ、不安といったものを捧げさせるだけの説得力があるに違いない。自分がそういったものを乗り越えられていると勝手に信じているからと言って、その説教の誘惑に魅せられている同胞をあざ笑っているわけにはいかない。
ロシア 1985 – 1999:トラウマゾーン
アブクラマ、チョムスキー、Q
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『ホット・スカル(2022)』 (Netflix Teaser) ABUKLAMA(ペチャクチャ病) |
白い砂の謎
曖昧な、曖昧な、 フィルム・ノワール [6]
最後に取り上げるのは、《フィルム・ノワール》が登場してくる背景についての議論である。とくにここでは技術的背景について述べたい。 続きを読む 曖昧な、曖昧な、 フィルム・ノワール [6]
曖昧な、曖昧な、 フィルム・ノワール [5]
《フィルム・ノワール》の総論的分析には、ドイツとの関係が常につきまとう。ひとつは《フィルム・ノワール》の視覚的スタイルは《ドイツ表現主義》の影響を受けたとする議論である。もうひとつは、ハリウッドでの《フィルム・ノワール》形成には、ナチスから逃れたユダヤ系ドイツ人が重要な役割を果たした、というものである。
総論のなかで何の躊躇もなく述べられるこれらの議論は、それぞれをつぶさに見ていく各論のレベルのなかでは、あきらかに齟齬を起こしている。1970年代にはだれも疑うことのなかった総論を支えていたはず基礎がほころび始めている。その状況をみてみたい。
曖昧な、曖昧な、 フィルム・ノワール [4]
フィルム・ノワールはフランス語だ
《フィルム・ノワール film noir》という言葉の語源に、ことさら深い意味があるのかどうか、正直なところわからない。だが、フランス映画批評を起源とするこの名詞は、様々な意味を持たされて時代を通過してきた。そして、これからもその意味を変えていくのではないだろうか。
この語の起源がフランスにあるという点が長いあいだ注目されていたのは、1946年から20年以上のあいだ、当のアメリカ人たちが《フィルム・ノワール》なるものを全く認知していなかった、という文化のあやのようなものを象徴しているからだろう。特にハリウッド映画という、本国では非耐久消費財とみなされていたものが、シリアスな批評に値する可能性を具体化してみせたのが《フィルム・ノワール》だった。
この言葉のその怪しげな出自と、その出自がその後の批評に与えたインパクトを見てみたい。