ジョセフ・H・ルイス監督の『拳銃魔(Gun Crazy, 1950)』について調べているときに、ハリウッドと銃の関係について、つい調べ始めてしまった。Hollywood Reporterにこんな動画があったのを見つけた。
ジョセフ・H・ルイス監督の『拳銃魔(Gun Crazy, 1950)』について調べているときに、ハリウッドと銃の関係について、つい調べ始めてしまった。Hollywood Reporterにこんな動画があったのを見つけた。
Part Iはこちら
| RCA設計のエコーチェンバー(Reverberation Chamber) |
前回、「市民ケーンとマッカーサー」という記事で、『市民ケーン』の革新性について言われていることのうち、コートレンズの革新性について考えてみた。当時のアメリカの光学技術をめぐる状況を見渡してみると、見えてきたのは軍事研究の重要な一分野だったレンズコーティング技術が、スピンオフしてハリウッドに恩恵をもたらしていったという事実だった。そしてハリウッドのメジャースタジオの撮影部門は、おしなべてコーティングレンズの開発に積極的であり、『市民ケーン』の撮影監督グレッグ・トーランドもそのなかの一人だったということだ。
今回も『市民ケーン』の革新性について、分析してみたい。今回取り上げるのは《音》である。その中でも《音と空間》のテクニックについて考えてみたい。
マッケンジー
先生はホームレスになったってママがいってたけど、本当?
ファーン
違うよ。私はホームレスじゃない。ハウスレスよ。同じじゃないでしょ?
みずみずしい。
ギオルギー・ダネリヤ監督の『私はモスクワを歩く(Я шагаю по Москве, 1964)』はよく「みずみずしい」という形容詞とともに紹介される。ソ連の新しい世代の若者達が、輝く陽光に包まれて走りまわり、突然雨に洗われて裸足で散歩する。恋にためらい、突然不安になり、そしてまた将来の夢を探しはじめる。ラストの地下鉄のシーンの清々しさは、あの歌とともに、観たあとしばらく漂っている。
1976年。ニューヨークのセントラル・パーク近く。深夜の3時過ぎに、巨体の男がメソメソ泣きながら早足で歩いている。その後を二人の男が息せき切りながら追いかけている。その横を三台のリムジンがゆっくりと三人を追い越さないようについてきている。