1936年のフェイク写真

ファーゴのフェイク

ノースダコタ州ファーゴ。1987年に実際に起きた事件を基にしていない映画『ファーゴ(Fargo, 1996)』の舞台になりそこねたこの町[❖ note]『ファーゴ』 この映画のオープニングでは「This is a true story」という字幕が出るが、この字幕の信憑性についてはしばしば疑われてきた。また『ファーゴ』という映画そのものも大部分はミネソタ州で撮影されており、ノースダコタではほとんど撮影されていない。は、その60年ほど前に、政府機関の公開した写真のフェイクを見破り、ルーズベルト政権によるプロパガンダだと攻撃した震源地となった。

1936年8月、ファーゴの地元の新聞「ザ・ファーゴ・フォーラム」は、公共事業促進局(WPA)と再定住局(RA)が公開した「ノースダコタの干魃の現状を訴える写真」がフェイクである、と糾弾した[1]

The Fargo Forum 1936.8.27
「ザ・ファーゴ・フォーラム」紙 1936年8月27日第一面
ルーズベルト政権のニュー・ディール政策を推進していた公共事業促進局(WPA)と再定住局(RA)が公開した写真のうち3枚が「フェイク」である、と糾弾する記事。左上の記事ではミズーリ川が干上がって自動車が渡れるほどだという写真(左上の2枚の写真のうち、下の写真)がフェイクであると指摘。その右の記事は乾ききった土地に牛の頭蓋骨があり、干ばつで家畜が死んだという連想をさせる写真だが、この頭蓋骨が意図的に置かれたものだという指摘。右下の記事では、干ばつで土地を追われた家畜が州都のビスマークで草を食んでいるという写真で、これが合成写真だという指摘。この新聞が発行された8月27日は、一番上の見出しにもあるように、ノースダコタ州にルーズベルト大統領がやってくるという日だった。

フォーラムが糾弾したフェイク写真は3枚ある。

最初の1枚めは、ミズーリ川が干上がって、自動車で川を渡れてしまう、というシーンを撮影した写真だ。

2枚めは、干ばつで土地を追われた家畜が州都のビスマークまでやってきて、州庁舎の前で草を食んでいるという写真である。これが合成写真だという指摘だ1)

もう1枚は、乾燥しきった土地に牛の頭蓋骨が転がっている写真だった。3枚のなかでもアーサー・ロスシュタインによるこの写真は、ジャーナリズムの教科書に掲載されるほど有名になる[2 p.112]

牛の頭蓋骨の写真が問題になったのは、まず、カメラマンのロスシュタインが牛の頭蓋骨を動かして撮影したことだった。現在、アメリカ国会図書館には、1930年代の恐慌の時代にFSAが主導でおこなわれた記録写真が保存されている[3]。そこにはロスシュタインが1936年にサウスダコタで撮影した「牛の頭蓋骨」の写真が5枚あり、ロシュシュタインが撮影の度に頭蓋骨を動かしていることが分かる。もう一つの問題は、この牛は干魃で死んだのではないだろうということだ。

Overgrazed land. Pennington County, South Dakota
A homestead on submarginal and overgrazed land. Pennington County, South Dakota
The bleached skull of a steer on the dry sun-baked earth of the South Dakota Badlands
Overgrazed land. Pennington County, South Dakota
Overgrazed land. Pennington County, South Dakota
アメリカ国会図書館に所蔵されているアーサー・ロスシュタイン撮影の「牛の頭蓋骨」の写真
① Overgrazed land. Pennington County, South Dakota (LC-USF34- 004376-D )
② A homestead on submarginal and overgrazed land. Pennington County, South Dakota (LC-USF34- 004378-D)
③ Dry and parched earth in the badlands of South Dakota (LC-USF34- 004380-D)
④ Overgrazed land. Pennington County, South Dakota (LC-USF34- 004376-D)
⑤ The bleached skull of a steer on the dry sun-baked earth of the South Dakota Badlands (LC-USF34- 004507-E) [Public Domain]

1936年7月16日、ワシントン・ポストに写真が掲載されると、フォーラムの記者は少なくとももう1枚写真があることを突き止めた。さらに頭蓋骨の状態から、この牛が死んでからかなり時間が経っていて、干魃のせいで死んだわけではない、と結論づけた。フォーラムは、ルーズベルト大統領が選挙活動でノースダコタ入りする日を狙って、政府による「偽写真」のでっち上げを糾弾する記事をセンセーショナルに掲載したのである。

ロスシュタインが所属していた再定住局のスポークスマンによれば、頭蓋骨が動かされたのは10フィートほどだと言う[4]。さらに「それでどうしてフェイクだと言えるのか」と付け加えた。

スナップ写真を撮るときに、「そこの人、もうちょっとこっちへ」って言うでしょう。あれと同じですよ。ただ、頭蓋骨は自分では動いてくれないので、ロスシュタインが動かしたのです。

再定住局のスポークスマン

ドキュメンタリー映画監督のエロール・モリスは、写真と真実のあいだに潜む問題を頻繁に取り上げている。特にこのロスシュタインの牛の頭蓋骨の問題をインタビューで、写真家や評論家数人にぶつけている。フォトジャーナリストのベン・カーチスは「芸術写真なら頭蓋骨を色々動かして背景や構図を考えるだろうが、この写真が《真実》を表すと言いたいのなら、話は別だ」と言う。カーチスはレバノンで攻撃を受けた都市部に入って報道写真を撮り続けているが、絶対に被写体を動かさないと言う[5]。歴史家のジェームズ・カーチスは、FSAの写真群を細部にわたって分析し、ロスシュタインに限らず、ウォーカー・エヴァンスらの写真には「被写体にポーズをとらせた」ものや「被写体を動かした」ものがある、と指摘した[6]。FSAの写真についてより大きなコンテクストで論じたウィリアム・ストットは、「写真を演出すること」についてロスシュタインがいかに言説を変えていったかを指摘した[7]。写真家でロスシュタインとも親交のあったビル・ガンゼルは「10フィート動かしただけだろう?何が問題だ?」と言い、「あの写真は、もっと大きなリアリティを写しているんだ」と言う[8]

ロスシュタインの「牛の頭蓋骨」の写真を非難したファーゴ・フォーラム紙は正しかったのだろうか?フォーラムは「こんな干魃なんかきていない」とルーズベルトの政策を攻撃したが、この地域を干魃が襲っていたことは紛れもない事実だ[9]。1936年のサウスダコタとノースダコタの年降水量は、それぞれ例年の54%、50%である。ガンゼルの言う「もっと大きなリアリティ」は、中西部の平地帯で極端な乾燥とそれに続く砂嵐(ダストボウル)に見舞われて農業が壊滅的なダメージを受けたことだ。両州の農民たちが「先の見えない」状況に「世界の終わりなのか」とおののいていた。共和党寄りの編集方針で状況を矮小化し、政争の道具として歪めたプロパガンダ報道をしているのはむしろフォーラム紙の方ではないのか?

では、「大きなリアリティ」を伝えるためなら、牛の頭蓋骨を動かして写真を撮ってもいいのだろうか?10フィート動かすのは良いのなら、100フィート動かしてもいいのだろうか?隣の州から持ってきてもいいのだろうか?牛の頭蓋骨をいつも持ち歩いて、干魃が起きている土地に置いて撮影して報道写真として発表してもよいのだろうか?

エロール・モリスは、「この写真が、見る者に根拠のない推論(unwarrented inference)を導かせるような、そういうやり方で撮影され、プリントされ、出版された」ことが、人びとにとって問題だったと述べる[7]

この牛の頭蓋骨について、意味する事柄が、使われているレンズの焦点距離によって変わるという考え方がある。つまり、焦点距離が長いレンズだと、風景から切り離されて抽象化されるが、広角レンズだと風景がコンテクストになるのである。

Errol Morris

交錯する座標軸

ベンヤミンは「写真小史」のなかでベルトルト・ブレヒトの言葉を引用しながら、演出、構成の是非について論じている。

状況を─ とブレヒトは述べている─「非常にやっかいなものにする原因は、昔とは違って、単純なやり方での〈現実の再現〉が、現実について何も語らなくなってきていることにある。クルップ工場やAEG電機を写した一枚の写真は、これらの施設についてほとんど何も明らかにしない。本来の現実は、他のものに左右される相関物になってしまった。人問関係の物象化、たとえば工場は、もはや人間関係を見せてくれはしない。だから〈何かを構築する〉ことが、何か〈人工的なもの〉、〈演出されたもの〉を構築することが本当に必要なのだ」。写真におけるそうした構成なるものを開拓した人びとを育てたことが、シュルレアリストたちの功績である。

Walter Benjamin

焦点が、《写真を撮る者》から《写真を見る者》へシフトしたとき、写真を表現手段としてとらえていた者たちは困惑したに違いない。写真を見るプロセスは、《現実の再現》を阻む。ブレヒト、ベンヤミンは《現実の再現》の実質的な失効という事態に対して、《構築》《人工》《演出》という手立てで対抗することを目論んだ2) 。彼らの芸術論に近接していたロイ・ストライカーらニュー・ディールの左翼芸術家、思想家たちが、ロスシュタインの写真を生む土壌を造っていたとしても不思議ではない。

確かに、ロスシュタインの牛の頭蓋骨の一連の写真は、見方によっては、シュールレアリズムの実験と呼んでもよいだろう。だが、牛の頭蓋骨の写真を、例えばサルヴァトール・ダリの絵画群が配置された座標軸に投影すれば、そう見えるかもしれないが、ドキュメンタリーや報道写真が配置された座標軸に投影すると、たちまち、実験ではなく、アジテーション、見る者に、根拠のない推論を要求する演出に見えてしまう。

見る者は、《構築》《人工》《演出》を、どこまで許容できるのだろうか?ドロシア・ラングが撮影した人物写真のなかには、ラングが被写体にポーズをとらせたものも少なくない。それは《演出》ではないのだろうか。『移動労働者の母』の写真から親指を消し去るのは、《人為的介入》ではないのだろうか。写真をクロップするのは《構築》だろう。どんなレンズを選んで、どこまでの視野で撮影するか、その行為そのものが《構築》であるはずである。

結局、写真(そしてメディア全般)の《演出》《人工》《構築》を発見するのは、《写真を見る者》である。そして見る者は、撮った者によって根拠のない推論に誘導される・・・・・ことを極端に嫌う。見る者は、見たいものを見ることを邪魔されるのが嫌なのだ。

Notes

1)^ 州庁舎の前の牛の群れ その後、この写真は合成写真ではなく、牛の群れは本当に州庁舎の前の牧草地に放牧されていたということが明らかになった。ファーゴ・フォーラム紙はその後もキャプションがミスリーディングであるとして譲らなかった[10]

2)^ ベルトルト・ブレヒトの引用部分 ここでベンヤミンが引用しているブレヒトの文章は「三文裁判」という映画製作(とその失敗)に関するエッセイにある。従って、ブレヒトは「映画」を念頭に置いている。

References


[1]^ “It’s a Fake: Daily Newspapers Throughout the United States Fell For This Gem Among Phony Pictures,” The Fargo Forum, Fargo, North Dakota, p. 1, Aug. 27, 1936.

[2]^ P. M. Lester, “Photojournalism: An Ethical Approach.” Hillsdale, N.J. : L. Erlbaum, 1991.

[3]^ “The Bleached Skull of a Steer on the Dry Sun-Baked Earth of the South Dakota Badlands,” Library of Congress, Washington, D.C. 20540 USA. https://www.loc.gov/resource/fsa.8b27761/

[4]^ “Drought Photo Labeled ‘Phony,'” The Washington Daily, Washington D.C., p. 3, Aug. 29, 1936.

[5]^ E. Morris, “It Was All Started by a Mouse (part 1),” Opinionator, Jan. 03, 2010. *https://opinionator.blogs.nytimes.com/2010/01/03/it-was-all-started-by-a-mouse-part-1/

[6]^ E. Morris, “The Case of the Inappropriate Alarm Clock (Part 3),” Opinionator, Oct. 20, 2009. https://web.archive.org/web/20260525124140/https://archive.nytimes.com/opinionator.blogs.nytimes.com/2009/10/20/the-case-of-the-inappropriate-alarm-clock-part-3/

[7]^ E. Morris, “The Case of the Inappropriate Alarm Clock (Part 5),” Opinionator, Oct. 22, 2009. https://web.archive.org/web/20251008131822/https://archive.nytimes.com/opinionator.blogs.nytimes.com/2009/10/22/the-case-of-the-inappropriate-alarm-clock-part-5/

[8]^ E. Morris, “The Case of the Inappropriate Alarm Clock (Part 7),” Opinionator, Oct. 24, 2009. https://web.archive.org/web/20221212045543/https://archive.nytimes.com/opinionator.blogs.nytimes.com/2009/10/24/the-case-of-the-inappropriate-alarm-clock-part-7/

[9]^ J. C. Hoyt, “Drought of 1936 : with Discussion on the Significance of Drought in Relation to Climate,” Unites States Department of Interior, Washington D.C., Water-Supply Paper 820, 1938.

[10]^ E. Morris, “The Case of the Inappropriate Alarm Clock (Part 1),” Opinionator, Oct. 18, 2009. https://web.archive.org/web/20251109135213/https://archive.nytimes.com/opinionator.blogs.nytimes.com/2009/10/18/the-case-of-the-inappropriate-alarm-clock-part-1/


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