道に匍う虫類を踏むと可哀想

こんにちは。Murderous Inkです。

今週のニュースレターです。


ミャンマー、タイ、カンボジアに広がる上座部仏教では、夏の3カ月間、1カ所に集まって修行をするVassaという行事があります。今年は7月12日より始まっているようです。日本では、同様のならわしとして夏安居(げあんご)がありますが、これは4月からはじまって7月中旬に終わります。

むかし釈尊時代に、夏の雨季は旅行も困難だし歩いても道に匍う虫類を踏むと可哀想だというので室内に閉じ籠り定座思惟に耽った。その習慣が伝わって、後世の夏安居になったという。禅が日本へ渡ると共にその風習も伝わって禅寺の主な年中行事の一つになっている。

岡本かの子「宝永噴火」

ヴェネチア国際映画祭クラシックス [3]

今年9月に開催されるヴェネツィア国際映画祭で、《クラシックス》と呼ばれる部門があります。各国のアーカイブや映画会社が修復したものを上映する企画です。このニュースレターでは、この《クラシックス》で上映予定の作品19作品を紹介していきます。今回はその3回目。


9. 獣たちの熱い夜 ある帰還兵の記録(胡越的故事, 1981)

監督:アン・ホイ、香港、92分、カラー

restored by: M Plus Museum Limited

ベトナムから逃れてきた華僑ウー・ユー(チョウ・ユンファ)がサム・チン(チェリー・チャン)と出会い、アメリカに逃れようとするものの、マニラで犯罪組織と深く関わるようになってしまう。

『獅子山下:來客(Below the Lion Rock: The Boy from Vietnam, 1978)』『投奔怒海(Boat People, 1982)』とともに、アン・ホイの《ベトナム三部作》と呼ばれる作品のひとつですが、「ジャンル映画と文藝作品を融合させた類まれな傑作」と評されています。

アン・ホイ監督といえば『桃さんのしあわせ(桃姐, 2011)』『黃金時代(2014)』などが有名ですが、監督デビューの頃は《社会派》とよばれるようなテーマの作品にも取り組んでいました。

2019年にCNエンターテイメントからDVDとブルーレイが発売されたものの、短縮版(85分)でいくつかのシーンが削除されているとのこと。今回は公開時の長さに復元されているようです。


10. 闇のバイブル 聖少女の詩(Valerie a týden divů, 1970)
© Second Run via csfd.sk

監督:ヤロミル・イレシュ、チェコ、77分、カラー

restored by: Národní filmový archiv

チェコの映像作家、ヤロミル・イレシュの幻想的、シュールレアリズム的作品。プラハの春の時期から一時的にあらわれたチェコ映画の解放期、その最後に当たる作品と言われています。思春期の少女の幻想を映像化したゴシックホラー、ボヘミアの吸血鬼譚の変奏 ── ジャンルの定義をすりぬける作品で、今でもその独特の雰囲気が魅力でファンの多い作品です。

この作品は公開時から人気が高く、今までも何回も《デジタル化》《修復》と呼ばれる作業が行われてきました。北米では2004年にFacets VideoがDVD化、イギリスでも同年にDVDがリリースされています。2015年にクライテリオンが4Kデジタル版をリリースしています。今回はチェコの国立アーカイブが修復、デジタル化をおこなっています。


11. 昨日からの別れ(Abschied von gestern, 1966)
© Kairo’s film via karlstorkino.de

監督:アレクサンダー・クルーゲ、ドイツ、88分、白黒

restored by: Kairos-Film

西ドイツの映画界が1960年代に迎えた革命的な転回点の基軸に位置する作品。公開の1966年、ヴェネチア映画祭で銀賞を受賞したので、60年の時間を経てヴェネチアに再び戻ってきたことになります。残念ながら、監督のクルーゲは今年の3月に逝去しました。

東ドイツから移ってきた「Anita G.」という女性の物語です。ジャンプ・カット、時間軸の交錯、手持ちカメラ、といった手法と、棒読みのようなセリフ。「ヌーヴェルヴァーグのパクリ」という評をよく目にしますが、むしろクルーゲが自ら語っているようにベルトルト・ブレヒトに強い影響を受けた映画であり、ドイツがいかに過去と決別できていないか、という痛烈な批判を含んだ作品です。


12. 生きるべきか死ぬべきか(To Be or Not To Be, 1942)
https://m.media-amazon.com/images/M/MV5BYWYyOTZlMTQtMzZhYy00NjMzLWE4ZGUtZDI1NWUyYWY4MTFiXkEyXkFqcGc@._V1_.jpg

監督:エルンスト・ルビッチ、アメリカ、99分、白黒

restored by: Studiocanal

ルビッチのハリウッド時代最高傑作をSTUDIOCANALが4Kで修復。

この映画については何も言うことはないでしょう。


13. スケッチ・オブ・Peking(民警故事, 1995)
via. cfa.org.cn

監督:ニン・イン、中国、101分、カラー

restored by: China Film Archive

『北京好日(1993)』『オルドス警察日記(2013)』で知られるニン・イン(宁瀛)監督の1995年の作品。

冬の北京の公安警察署の日常をとらえた静かな作品で、プロの俳優ではなく、実際の北京の警察官たちが演じています。

作家の陳建功が1980年代に執筆した「前科」が原作で、それをもとにニン・インが脚本を書いたものだそうです。

フィルムを修復したのは、中国映画資料館です。昨年の2025年に公開30周年を記念して4K修復、上映した様子が記事になっています。この映画は、当時の北京を映したドキュメンタリー的性格が非常につよく、映画修復のプロセスが、一種の考古学として作用しています。例えば、映画の前半で、野犬を追いかけるシーン。北京の旧市街ではよく聞かれる「鳩笛」の音1が環境音として聞こえてくるのですが、修復では特に注意を払って音響の再現につとめたそうです。

The Crying Game

クライテリオンがこの7月にリリースした『クライング・ゲーム(The Crying Game, 1992)』の4K ブルーレイが物議を醸しています。

クライテリオンは、監督のニール・ジョーダンの監修のもと、アカデミー・フィルム・アーカイブの35ミリプリントを参照して、35ミリのオリジナル・カメラネガからおこした4Kデジタル版だと説明しています。

ところが、SNSでは、以前リリースされていたブルーレイの映像と、今回のクライテリオンの映像の比較動画がアップロードされ、クライテリオンのデジタル版は、「色がおかしい」と不評なのです。


(上が従来のブルーレイ、下がクライテリオン版)via x.com

パッと見た感じ、たしかにクライテリオン版は妙に黄色がかっているように感じます。「Old Blu-Ray」の色彩のほうが「自然」に見えます。そして、これをみた人たちが「監督だからって、勝手に色を変えてはいけない」「撮影監督以外は映画の修復をするな」といったコメントをしています。当時の映画紹介TV番組「Siskel & Ebert」のクリップをもってきて、「ほら、こんな色じゃないか、昔のブルーレイのほうが正しい色じゃないか」という意見を述べている人もいます。

フィルムで撮影されたカラー映画の色彩設計をどう再現するか、そしてどう評価するか、は極めて困難な問題です。今の私たちが見て「この映画の色はこんな色ではなかった」という《記憶の色》は、繰り返し言われていることですが全くあてになりません。劇場公開用プリントとは製作経路が全く違うTVスポットや予告編などのビデオをもとに判断するのも間違っています。

現在の修復、復元作業では、現像でのタイミングやカラーグレーディングの指示などの当時の資料をもとに、プリントの色彩を再現するのが一般的です。また、この『クライング・ゲーム』のように状態のよいプリントを参照点として、復元するのは非常に合理的です。ですから、クライテリオンの記述を信じるなら、この黄色がかった映像は、公開当時の色彩設計を再現しようとした結果だと言えるでしょう。しかし、これだけ色が違うと、従来のブルーレイとは全く別の映画とも言えなくはないです。この作品に対する批評も変わってくるでしょう。

ニュース切り抜き

  • チェコスロヴァキアは、1960年代から70年代に、独自の70㎜映画の技術と文化を開拓したそうです。自国で70㎜フィルムのプロジェクター(Meopton)が開発され、全国に70㎜を上映できる映画館があったといいます。今でもポーランドとの国境の町、クルノフでは2006年から毎年70㎜映画祭が開催されているんですね。この映画祭は70㎜プロジェクターの音をもじって「KRRR!」という命名されています。2026年の上映ラインアップも垂涎ものです。あと、クリストファー・ノーランの『オデュッセイア』がIMAX 70㎜で上映できる施設は、EU内に3カ所しかなく、そのうち一つがプラハのCinema City Floraなのだそうです。

  • その『オデュッセイア』、IMAX 70㎜の上映が全世界で41の映画館に限られているのはニュースにもなっていますが、果たしてこれから上映可能な映画館は増えるのでしょうか?かなり難しそうです。すでに映写機の設計図がないのだとか。南カリフォルニアのIMAX 70㎜上映館では、映写機がオーバーヒートし続けて、上映に支障が出ている模様です。映写機自体がもう古いので、メンテナンスもどんどん困難になっているようです。

  • サンダンス映画祭で話題になった『ハンギング・バイ・ア・ワイヤー(Hanging By A Wire, 2026)』。予告編。ドローン映像とケーブルカーの技術の落差が悲劇を極限にまで増幅。微妙な気持ちになるのは私だけでしょうか。

  • ルネ・ラルーの『ガンダーラ』の4Kデジタル修復版が8月28日に公開予定

  • アルバニアの中央フィルムアーカイブが『Guximtarët (1970)』を修復

  • サタジット・レイと並び称されるインド・ベンガル映画監督リッティク・ゴトク監督の回顧上映がBFIとボローニャ映画祭でおこなわれました。そのレポート

  • インドで公開された映画『Satluj』が、3年の上映禁止措置の後、インド国内のストリーミング・サービスで公開されましたが、直後に公開禁止となりました。パンジャブ地域での独立運動弾圧の歴史を実話に基づいて映画化した作品。「銀行員が行方不明の友人を探していたら、地域警察が何千人も殺して埋めていたという事実に突き当たり、彼自身が行方不明になる」という、唖然とするような恐怖の世界。オンラインでの公開が停止されてから、海賊版がネットにアップロードされ、パンジャブ地方の各所で映写会が行われているとのこと。

  • 『食人族(Cannibal Holocaust, 1980)』の究極4K版がGrindhouseから出たそうで、ニューヨークでプレミア上映されました。「Green Inferno」の16㎜フッテージが1.37:1のアスペクト比になったこととと、「Last Road to Hell」のロングバージョンが復元?された、ということらしいです。修復・復元を担当したのが、オーソン・ウェルズの未完の傑作『The Other Side of Wind』の修復・復元を担当したBob Murawskiです。

  • チェコのオタカル・ヴァーヴラ(Otakar Vávra)監督の『クラカチット(Krakatit, 1948)』の4KリストアバージョンをThe Digital Bitsがレビューしています。

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鸽哨 鳩の尾羽につける笛のこと。千年以上の歴史を持つ民間工芸品で、とくに北京のものは有名。鳩が群れで飛翔するときに、独特の音がする(動画)。北京では、鳩を飼育して、この音を楽しむ風習がある。


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