こんにちは。Murderous Inkです。
今週のニュースレターです。
8月1日はラマス・デイ(Lamma’s Day)。イギリスに古くから伝わる、一年最初の麦の収穫を祝う日です。古代英語で「一斤」を意味する「hlaf」と「祝祭」を意味する「mass」から生まれた語のようです。
『シークレット・エージェント』のイエロー
ブラジルのクレベール・メンドーサ・フィリオ監督の『シークレット・エージェント(O Agente Secreto, 2025)』は、今年日本でも公開予定です。
この映画は、軍事政権下の1977年のブラジルが舞台です。政治犯として追われているアルマンド(ヴァグネル・モウラ)が偽名で潜伏し、海外亡命の機会を待ち続ける物語です。ここ数年、70年代のスタイル、テクニック、色彩を模したり、再解釈したりした映画が流行ですが、この『シークレット・エージェント』もその一群のなかの作品と呼んでよいでしょう。
私はこの映画を観る機会がありました。印象的だったのが、色彩、特にイエローの存在感と、その色彩をブラジルの映画史に再投影しようとする試みでした。『シークレット・エージェント』のPRヴィジュアルや、ポスター、予告編をみても、「(オレンジに近い)イエロー」が基調となって、全編を貫いているのが分かると思います。しかも、このイエローは、映画の中でも視覚的に示唆されるのですが、コダックのコーポレートカラーと深くつながっているのです。実際、この映画のポスターを見て、コダックを思い浮かべた人は多いのではないでしょうか。

もうひとつ、このイエローは、映画のなかにも登場する、ブラジルの公衆電話の半球体のカバーの色とも結びつけられています。

『シークレット・エージェント』はオープニングのモンタージュでも、70年代の映像作品や映像文化を引用しています。そのなかの一つにヘクトール・バベンコ監督の『ルチオ・フラヴィオ(Lucio Flavio, 1977)』があるのですが。実は、『ルチオ・フラヴィオ』にも、この印象的なイエローの公衆電話ブースが登場するのです。

ただし、『ルチオ・フラヴィオ』には、この公衆電話ブースが2台並んで登場し、その色が2台で明らかに違うんですね。これは、『シークレット・エージェント』が観る者にある種の色の統制的記憶を期待している(オレンジがかったイエローとコダックの連想)のに対し、その統制は実は極めて現代的な視覚文化だということを再確認させてくれます。この映画が描いている1977年には、色を基軸とした(公衆電話ブース)ー(コダック)ー(フィルム)という連関は薄く、むしろ、雑然として、統一を拒むような色世界があったように思うのです。
もともと、コダックのコーポレートカラーのイエローも、フィルムの包装箱の色が印刷工場によってバラバラだったため、消費者のあいだで混乱が生じたのが発端です。コダックは、パントーンのカラー・マッチング・システムを効果的に利用して、包装箱の色を統一しました1。さらには、それが最終的にコーポレートカラーになったのです。その歴史的な推移を思うと、『シークレット・エージェント』の色の演出は、時代錯誤なのかもしれません。
ヴェネチア国際映画祭クラシックス [4]
今年9月に開催されるヴェネツィア国際映画祭で、《クラシックス》と呼ばれる部門があります。各国のアーカイブや映画会社が修復したものを上映する企画です。このニュースレターでは、この《クラシックス》で上映予定の作品19作品を紹介していきます。今回はその4回目。
ちなみに相米慎二監督の『魚群の群れ』はここでは紹介しません。
14. 袋小路(Cul-de-sac, 1966)

監督:ロマン・ポランスキー、イギリス、112分、白黒
restored by: Fixafilm
ポランスキー監督の初期作品のなかでも、この『袋小路』はレトロスペクティブなどであまり取り上げられることはなかったように思います。今回はFixafilmによって修復されたとのことです。
海岸にそびえる11世紀の古城に住むドナルド・プレザンスとフランソワーズ・ドルレアックの夫妻。そこへ逃走中のギャングがやってきてしまう。ケガを負っていたギャングの一人はやがて死に、そこへさらに来訪客が現れる。物語の不条理な状況と、人物たちの非合理的な行動が渦を巻いていく。サミュエル・ベケットの戯曲のような世界です。途中、海岸での8分にわたるロングテイクは、即興性に満ちた、不思議と記憶に残る場面です。ただ、あまりの寒さにドルレアックは凍死寸前だったといわれていますが。
ヴェネチア国際映画祭は、2023年の第80回で、性的暴行で訴えられているロマン・ポランスキー、ウディ・アレン、リュック・ベッソンの3人の監督の新作作品をとりあげており、批判を受けました。ヴェネチア国際映画祭の実行委員長アルベルト・バーベラは「人間としての責任とアーティストとしての責任は別」として、特にポランスキーを擁護しました。今回は過去の映画の修復としての出品ですが、どのような反応があるのでしょうか。
ポランスキーの事件に関しては、性的暴行は事実として糾弾されるべきでしょう。彼は本当に罪をつぐなったのか、被害者との和解を社会はどう理解すべきか、そのうえで彼がアメリカから逃亡状態にあることを映画界はどう判断するのか。この事件の司法プロセスに関しては、アメリカの司法制度の問題とメディアのセンセーショナリズムの問題が複雑に絡んでいて、世の中に流れている情報だけをたよりに判断するのは困難なのではないかと思います。
15. イタリア旅行(Viaggio in Italia, 1953)

監督:ロベルト・ロッセリーニ、イタリア/フランス合作、97分、白黒
restored by: Cinecittà S.p.A.
フランスの映画監督、ジャック・リヴェットは「この映画が登場したとき、他の映画は10年古くなってしまった」と宣言しました。映画芸術に《現代性》を提起した映画。70年以上経過した現在でも、その瑞々しい表現は新しい観客を魅了しています。
監督ロッセリーニの生誕120周年という節目に、この《現代映画の礎》と呼ばれる作品を修復するにあたって、チネチッタは非常に苦労したようです。カメラネガは一部、質の悪いデュープ(コピー)に置き換えられてしまっていて、まずその欠損部分のオリジナルネガを見つけ出すところから始まったようです。その他にも、深いキズが入ってしまったシーン、いい加減なスプライスでダメージをうけたフレーム、欠損したフレームなど、多数の欠陥があり、それらは今回の作業で丁寧に修復されたとのことです。
16. 醜い奴、汚い奴、悪い奴(Brutti, sporchi e cattivi, 1976)

監督:エットーレ・スコラ、イタリア、115分、カラー
restored by: Centro Sperimentale di Cinematografia – Cineteca Nazionale / Cineteca di Bologna, in collaboration with Surf Film SRL
1976年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞した作品。ローマの貧民街に住む大家族の悲喜劇。乱暴で、下品で、モラルの欠片もない男、Giacintoを演じたニーノ・マンフレディ以外は素人の役者だそうです。
修復は、ティント・ブラスの『危険な恋人』の修復も手がけたイタリア国立映画実験センター、ボローニャ・シネマテーク(Cineteca di Bologna)とSurf Filmが共同でおこなったということですが、詳細はわかりません。
17. 残酷な夜(La lunga notte del ‘43, 1960)
監督:フロレスターノ・ヴァンチーニ、イタリア、105分、白黒
restored by: Fondazione Cineteca di Bologna, in collaboration with Compass Film
ヴァンチーニ監督の故郷、フェラーラを舞台に、第二次世界大戦末期の混乱の時代を描いた作品。監督の長編デビュー作です。足の悪い夫と若い妻、そして妻の幼馴染の男、このあいだの三角関係を、戦火が迫る北イタリアの小都市を舞台にえがくメロドラマかと思っていたら、後半になってファシズムに浸漬して膿となったイタリア社会のミクロコスモスが、ポー川から押し寄せる深い霧の中で描かれていくという驚異の展開。そしてラストは明るい陽光に満たされたなかで静かに観察されるあっけない戦後の世界。脚本にピエル・パオロ・パゾリーニが参加しています。
『Lo Zio Di Brooklyn (1995)』を修復したボローニャ・シネマテークが、ヴァンチーニ監督生誕100年にあわせて修復しました。ヴェネチア国際映画祭では1960年にこの映画に「最優秀デビュー作品賞」を授与しています。46年ぶりに映画祭に戻ってくるということになりますね。
18. 灰とダイヤモンド(Popiół i diament, 1958)

監督:アンジェイ・ワイダ、ポーランド、104分、白黒
restored by: Di Factory
戦後ポーランドを代表する映画監督、アンジェイ・ワイダの『世代(Pokolenie, 1955)』『地下水道(Kanał, 1957)』に続く《抵抗三部作》を締めくくる作品。ナチスの敗北後、ポーランド独立をめざして共産党と対立した者たちの末路が描かれます。主人公のマチェク(ズビグニエフ・チブルスキー)が迎える最期はあまりにも悲壮で、劇的で、深い深い余韻がずっと残ります。共産主義体制に反抗する者たちの愚かさを描くはずが、むしろマチェクの若々しく無軌道なさまが共感を呼ぶことになりました。67年前のヴェネチア国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞を受賞。
4K修復はワルシャワのDi Factoryが行っています。Di Factoryはポーランド映画史を築いてきた数々の作品のデジタル化、修復、復元を手掛けてきている会社で、他にもヴァンダ・ヤクボフスカの『アウシュウィツの女囚(Ostatni etap, 1948)』ロマン・ポランスキーの『水の中のナイフ(Nóż w wodzie, 1962)』等の修復も行っています。
ニュース切り抜き
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クリストファー・ノーラン監督の『オデュッセイア(Odyssey, 2026)』のサウンドトラックを担当したのは、ルドヴィグ・ゴランソン(Ludwig Göransson)。彼の作曲過程が紹介されています。
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そのゴランソンが『オデュッセイア』のサウンドトラックで使用したのが、古代ギリシャのアウロスという二本管の木管楽器。このアウロスは古代ギリシアの楽器として想像されていますが、アルバニアでは伝統的民族楽器として伝えられています。1980年代のドキュメンタリーが、そのアウロスの演奏を記録しています。
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アラン・パーカーの長編映画監督デビュー作『ダウンタウン物語(Bugsy Malone, 1976)』が公開50周年。BFIが監督のスケッチを公開しています。
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スティーヴ・ジェイムズというと、『地獄の逆襲(Avenging Force, 1986)』『アメリカン忍者2/殺人レプリカント(American Ninja 2: The Confrontation, 1987)』あるいは『ブラザー・フロム・アナザー・プラネット(The Brother From Another Planet, 1984)』などに出演し、期待された俳優ですが、41歳で他界してしまいました。その彼が主演した幻の映画『リヴァーベンド(Riverbend, 1989)』が修復、復活しました。長いあいだ海賊版VHSだけしか存在しなかった《黒人抵抗運動》と《アクション》のハイブリット映画。
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『汚れなき瞳の中に(Lady In White, 1988)』は、アメリカのミレニアル世代の一部でカルト的人気のある映画です。PG-13の幽霊映画で、残酷なシーンなどはないのですが、「子供の頃見てトラウマになった」という人が多いのです。今回4Kデジタル化されてブルーレイがリリースされます。
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映画フィルムの保存問題としてよく挙げられる「ヴィネガー・シンドローム」。これは、自触媒反応(autocatlytic reaction)であるため、極めて厄介で、一度発生し始めると、手に負えません。この「ヴィネガー・シンドローム」を起こしてしまったフィルムから発生する気化した酢酸を吸着する材料をフィレンツェ大学のチームが開発しました。実際のフィルムを使った実験結果は決して十分な説得力があるとは言えませんが、それでも、気化した酢酸を吸着させていることは間違いなさそうなので、これから期待できると思います。
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ワーナー・アーカイヴが『令嬢殺人事件(Letty Lynton, 1932)』の4Kブルーレイを先月リリースしています。著作権の問題で90年以上も上映、放映、ソフトリリースができなかった作品です。
“Pantone“; T. Grant, Ed., International Directory of Company Histories, vol. 53. St. James Press; Thomson and Gale, 2003.
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