貧しい者や病人こそ我々の財産

こんにちは。Murderous Inkです。

今週のニュースレターです。


8月10日は、ローマで殉教した聖ラウレンティスの日。キリスト教が禁止されていたウァレリアヌス帝の治世に、教皇シクストゥス2世に仕えました。ローマ帝国の役人たちに財産を渡すよう命じられた際、貧しい者や病人を連れて行き、「彼らこそ我々の財産です」と言ったため、紀元258年8月10日に処刑されました。この日には冷たい肉のみを食す、という習わしだそうです。

『ウォール街』

Wall Street (1987) via IMDB

もうすぐ公開40周年を迎える、オリバー・ストーン監督の『ウォール街(Wall Street, 1987)』には、個人的に印象に残っている思い出があります。

私がアメリカ在住・留学していた90年代前半には、MBAコース留学でアメリカに来ていた日本人がかなりいました。当時のMBA留学は一種のステータスみたいなもので、企業や親族から経済的なバックアップを受けて留学に来ている人が大半でした。バブルがはじけるか、はじけた直後ですから、まだ日本は絶好調といってもいい。そういった留学生たちは、強い円をバックに、派手に遊び、真面目に勉強して、学位を取得して帰国していったようです。一方で、バイトや長期労働で貯金したお金でビジネススクールにきている日本人も少なくなく、そういう人たちは、安いアパートに住み、自炊をし、もらった自転車で移動し、そしてモグリの臨時バイトで生計を立てながら学校に通っていました。TAとRAで生きのびている私とは共通点も多く、たまに地域でも一番安いチャイニーズ・レストランで食事をしたり、安くて味の薄い缶ビールで夜中まで話したりしていました。

そのなかの一人、Kくんはいつかは会社を興して一旗揚げたいと野望を持っていました。その彼が何度か『ウォール街』の有名なこのセリフを口にしたのです。

最も金持ちの1パーセントが、この国の富の半分を持っているんだ。

ゴードン・ゲッコー

これは、『ウォール街』のゲッコーのセリフのなかでも特に衝撃的なものでした。レーガノミクスは(今では死語となった)《ヤッピー》たちのあいだで一種の宗教のようにあがめられ、富の集中はよいことだと思われていたのです。その結果が《乗り越えがたい格差》という形で現れてくる…そういったことを予兆させるセリフです。

Kくんは、「ゴードン・ゲッコーは倫理観とか全く無いヒドいヤツだが、言っていることは正しいじゃないか」と言っていました。この「何も創造しないが、所有する」経済的支配階級が、ルールを作り、「ニュースも、戦争も、平和も、飢饉も、暴動も、ゼムクリップ一個の値段も」全て決めている。このカラクリを高らかに宣言したのが、ゴードン・ゲッコーだったのです。そして、Kくんは、少なくとも世界とはこういった場所なんだという認識のもとに立って生きて(ビジネスをして)いないから、日本企業は、自分たちの立ち位置を理解できず、白人の真似をしたズレた海外投資や進出をすることになるんだと強調していました。

今回、『ウォール街』を見直してみて、このゴードン・ゲッコーというキャラクターの造型が見事だなと再確認しました。「映画史上の悪者」投票で24位に選ばれるだけのことはあります。正義や悪についての平板な理解で造型される「悪者」ではなく、現実に存在する「倫理観とか全く無い酷い奴」たちがモデルであり、その世界認識が残念ながらある程度正しいがゆえに、本当に恐ろしい人物。それだけでなく、そのゴードン・ゲッコーでさえ、実は最終的には勝てない世界だということ、それにゲッコーもうすうす気づいているということ、が丁寧に描かれているのです。

ゲッコーの最も有名なセリフはこれでしょう。

欲は善だ

 ゴードン・ゲッコー

ゲッコーは「Greed is good」と言ったことになっていますが、実際のセリフはもう少しニュアンスが異なります。これは、テドラー製紙会社の株主総会で、経営陣を非難し、彼が会社を乗っ取ることを正当化するときの演説です。

皆さん、要するに、──良い言葉が見つからないので、あえて「欲」と言いますが── 「欲」はいいことなのです。欲は正しいし、欲のおかげでうまくいっている。欲というのは、進化の精神の根本を明らかにし、そこへの道を切り開き、そしてつかみ取るのです。生への欲、金への欲、愛への欲、知識への欲、そういったすべての形態の欲が、人類の急激な進化にとって重要だったのです。いいですか、皆さん、欲はテドラー製紙会社を救うばかりでなく、USAという壊れた会社も救うのです。

ゴードン・ゲッコー

ゲッコーは製紙会社の現経営陣を揶揄しながら「アメリカ企業社会の新しいルールは、不適者生存(”survival of the unfittest”)ということらしいですね」と言います。社会進化論を下敷きにしながら、人間の「欲」をからめて、みずからの行動を正当化し、他の者にも従うように促す。映画公開後に(映画のなかのバッドのように)ゲッコーを精神的な師と仰ぐ若いビジネスマンが多く現れたといいますが、こういった演説に感化されたのです。

バッド :どうしてブルースター社をぶっ壊すんだ?

ゲッコー:ぶっ壊せるからさ。

バッドは自分の父親が勤めるブルースター社を立て直すために、会社を乗っ取ったと思っている。しかし、ゲッコーは、ブルースターの資産を切り売りし、従業員の退職金積み立てを横取りし、不動産で一儲けしようと考えている。この「Because it’s wreckable」の「wreckable」という単語の破壊力は並大抵ではないです。壊せるから壊す。

ゴードン・ゲッコー(via Wikimedia

バッドがさらに「いったい、どこまで儲けたいんだ?」と聞くと、冒頭の議論が出てくるのです。アメリカの資産の半分を持っているのが、わずか人口1パーセントの人間たちだということ1。そして、その人間たちが社会をすべて握っていること。ゲッコーは、このとき先祖代々の遺産で暮らしている「未亡人やバカ息子」たちがそのなかにいることを指摘します。しかし、ゲッコーはそうではない。彼の父親は過労死した労働者だった。彼はだからその1パーセントに食い込もうと必死になったのでしょう。

映画は、結局そのゲッコーが遠くない未来に金融不正で逮捕されるであろうことを匂わせて終わります。

ゲッコーは様々な人物をモデルとしたハイブリッドだと言われています。アイヴァン・ボウスキーマイケル・ミルケンカール・アイカーン、そして監督オリバー・ストーンの父親やその友人たちといった実際のウォール街のトレーダーがもとになっているようです。ゲッコーの正確な年齢設定はわかりませんが、演じたマイケル・ダグラスの年齢から考えると、1944年生まれ、今80代前半でしょう。

ゲッコーと同世代のアメリカを代表する《ビジネスマン》にドナルド・トランプ(1946年生まれ)がいます。トランプは父親のビジネスを受け継いでニューヨークで《不動産王》として有名になった人物です。すなわち、ゲッコーとは出自が違い、恵まれた「1パーセント」の環境を有利に利用できる立場だったのです。一方で、ゲッコーは、「1パーセント」に加わったものの、「生まれながらの1パーセント」とのあいだに乗り越えがたい壁を感じているように見えます。「WASPは動物のことは好きだが、人間は嫌いだ」というセリフや、イギリスの投資家ウィルドマンへの強烈な憎悪などを見ても、彼は生来の99パーセントの側の皮膚感覚から抜け出せていないように見えるのです。むしろ、それが、この映画をみる99パーセントの側の人間に、彼のセリフがなぜか響いてしまう理由なのかもしれません。

『ウォール街』は、もうすでに過去のものとなってしまった生々しい欲の闘争を戯画化した映画です。今の私たちの世界には、もはや妥当性も関連性もなく、共感も生まないかもしれません。ただ、映画を観てゴードン・ゲッコーをアンチヒーローとして喜んだ世代が、今は中年を過ぎて社会に及ぼす影響力が大きい年齢層になっていることを考えると、まったく無関係だともいえないように思えるのです。一つの例をとれば、映画内のオフィスで頻繁に交わされる性的発言、特に若い女性を性的対象化したセリフの数々を聞くと、ハーヴェイ・ワインスタイン(1952年生)やジェフリー・エプスタイン(1953年生)のような人物を醸成してきた環境が存在し、容認されていたのが見えてくると思います。セクハラだけではありません。みなさんの職場には、ひどく自画自賛的な社会進化論を言葉の端々ににじませている初老の重役がいませんか?私のところにはいます。

Kくんは、確かにゴードン・ゲッコーの言っていることは間違っていないかもしれないが、でもその1パーセントの仲間入りを目指すのはくだらないと言っていました。彼は、アメリカは肌の色や宗教が人と違うからと言って、生きるのを邪魔されない、僕だって、ビジネスを始めて大きくできるかもしれないんだ、それってすごいことなんだよ、と熱っぽく演説し、「だから、99パーセントでもいいし、その方が断然楽しい」と宣言していました。

Kくんは、その後、アメリカ東海岸のどこかの都市でレストラン・チェーンを開いたと聞きました。元気にしてるかな。

ニュース切り抜き

  • Netflixが1980年代の人気ポップグループWham!のドキュメンタリーを公開しましたが、Wham!のドキュメンタリーがもう一作公開されています。『Wham! 10 Days in China(2026)』は、7月28日にイギリスで公開が始まり、BBCでも放映されるようです。マネージャーがクィーンを出し抜いて中国公演一番乗りを決めた話、リンゼイ・アンダーソンがドキュメンタリー製作を任されて中国へ同行したものの、フィルムはお蔵入りになった話、などが複雑に絡み合う内容のようです。ジョージ・マイケルが共産青年同盟のメンバーだったのは最近になって明らかにされたようですが、映画のなかでどのように扱われているのか気になります。

  • パラマウント゠スカイダンスとワーナーの合併で、世界最大のニュース映像アーカイブの行方がどうなるのか。ワーナーは45年間のCNNの映像財産を、パラマウントはCBSの85年間にわたる映像・音響財産を保持しており、それらが、合併によってアクセスできなくなるのではないかと危惧されています。

  • ニコラス・ケージのNetflix新作が入ったUSBドライブがNetflixのオフィスから盗まれました。しかもデータの暗号化もしてなかったし、パスワードもかけていなかったとか。

  • 4K修復上映/Blurayリリースのニュースも最近多くなりました。ルキノ・ヴィスコンティの『白夜(Le notti bianche, 1957)』の上映、アントニオ・ピエトランジェリの『気ままな情事(Il magnifico cornuto, 1964)』のBlurayリリース、『ホステル』のスティールブック、Vinegar Syndromeレーベルから『第一の大罪(The First Deadly Sin, 1980)』ほか7作品のBlurayリリースなどなど、ざっと見ただけでも相当な数です。

  • スペインのバスク地方サン・セバスティアンで開催されるサン・セバスティアン国際映画祭で、フランスの脚本家、監督、ナチス協力者で犯罪者2ジョゼ・ジョヴァンニの回顧上映が行われます。『穴(Le Trou, 1960)』『墓場なき野郎ども(Classe tous Risques, 1960)』『おとしまえをつけろ(Le Deuxieme Souffle, 1966)』など20作品が上映される予定です。

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この「1パーセントの人間が国の資産の半分を所有する」という話の出所はあいまいです。いちばん近い数字は、Edward N. Wolffが1987年に発表した論文「Estimates of Household Wealth Inequality in the U.S., 1962–1983 (Review of Income and Wealth, vol. 33, no. 3, pp. 231–256, 1987)」に資本資産(Capital Wealth)の1983年の統計値として、上位1%が全体の49.9%を保有しているというものがあります。

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ジョゼ・ジョヴァンニの映画界に入る前の経歴については、よく「死刑判決を受けたが強制労働で刑期を終えた」とだけしか書かれませんが、ナチス協力者として戦時中におこなった戦争犯罪、そして戦後に関わった強盗殺人の数々は想像を絶する悪辣さ、残酷さの所業です。オンラインではNoir Foundationの記事(英語)が、彼の犯罪について詳細に記述しています。この経歴を知ると、彼の脚本や監督作品の犯罪描写について、あるいは自伝的作品について、再考せざるを得なくなります。また、ジョヴァンニの罪を軽減した戦後フランス社会、特にナチスに協力した者たちの罪を《忘れる》仕組み、彼を迎え入れ擁護したフランス映画界(例えば、ベルトラン・タルヴェニエ)、アラン・ドロンのように、ジョヴァンニと接点をもった人間たちの主義主張の異様さ、も合わせて見直す必要があるのではないでしょうか。


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