こんにちは。Murderous Inkです。
2026年9月12日のニュースレターです。
9月9日は「重陽の節句」です。本当は太陰暦での9月9日ですので、今年は10月19日が重陽の節句にあたるのですが、どういうわけか、日本では明治改暦よりグレゴリオ暦で五節句を祝うようになってしまいました。他の節句はそれほど違和感はなかったようなのですが、旧暦だと菊の花が咲く頃に訪れる「重陽の節句」は、どうも季節感がずれてしまってすっかり廃れてしまいました。
後漢の時代、桓景(かんけい)という人物が、師の費長房から「九月九日には、茱萸(しゅゆ)の葉と菊花酒をもって高い所に登り、災いを避けよ」と助言され、家族とともに難を逃れたという伝説から、この重陽の節句では、山に登って菊の花を浮かべた酒を飲むという風習が生まれたそうです。「雨月物語」の「菊花の約」も重陽の節句に菊酒を飲みかわそうという約束が悲劇となる物語でした。
『バックルームズ』の世界はなぜイエローなのか 『セヴェランス』の世界はなぜホワイトなのか
『バックルームズ(Backrooms, 2026)』を見ながら、テクノロジーが本来的に持っている《不完全な仕様》が重層的に、連鎖的に、畳みかけるように立て続けに起こって、ここまで来てしまったんだな、という感慨を覚えました。家具店から遊技場へのリノヴェーションの経過報告に過ぎなかった写真が、ネットロアの人々の掲示板に放り込まれて「Backrooms」という文化的アイコン/ネットミームになり…と、もうその後はご存じですよね。発端は、2019年に4Chanでユーザーが「Backrooms」と呼ばれる写真をアップロードしたことですが、実は、4Chanはアップロードされた写真のEXIFデータを自動的に削除する仕様になっていました(それ以前にEXIFデータは削除されていたかもしれませんが…)。結果的に、この写真は、出典の分からない、コンテクストを逸失した場所の写真となってしまい、それ故に、リミナル・スペースの美学を代表する一枚となります。
映画は、「Backrooms」の《美学》を忠実になぞっています。特に色彩は非常に重要な要素の一つになっています。全体的な構造物、特に壁紙はイエローで、忠実にミームを再現しています。これは監督のケイン・パーソンズとプロダクション・デザイナーのダニー・ヴァーメット、撮影監督のジェレミー・コックスが、この映画の撮影で最も細心の注意を払った点の一つだったといいます。シェヴロン柄の黄色い壁紙を数種類用意して、50回ものカメラテストを行ったようです。
実は、このイエローは、「Backrooms」の写真に写っていた、元の家具店の壁紙の色ではありません(もっとクリーム/ベージュに近い色だった)。これは有名なミーム写真を撮影したカメラがSonyのCybershotで、デフォルトの設定で静止画撮影をすると、ホワイトバランスがおかしく、黄色にシフトしてしまうからなのだということが分かっています。つまり、あのイエローは現実の世界(こちら側)には存在しない色なのです。Cybershotカメラで撮影された写真のなかだけに存在していた、そして、その写真がアップロードされたインターネットのなかだけに存在していた色なのです。もちろん、パーソンズたちは、そのことを知ったうえで、ポストプロダクションで色をシフトさせるのではなく(俳優の肌の色もシフトしてしまいます)、壁紙そのものを「ホワイトバランスが崩れたミーム写真」の色に合わせたのでした。

AppleTVの『セヴェランス(Severance, 2021)』も、リミナル・スペースの美学に浸った映像の作品です。こちらのほうは「ホワイト」が基調です。ここでも50回ものカメラテストを行い、色を決定しています。カーペットのグリーンやソファのダークグリーンなどは、あえて酷い、趣味の悪い色を選択し、このスペースの「ずれた」感触を強調しています。
『バックルームズ』のイエローがカメラの設定でシフトした色だったこととは対照的に、『セヴェランス』のホワイトは、実際の壁紙やパネルの色、私たちの世界に大量にあふれるホワイトです。実体のある、酸化チタンの色。酸化チタンは20世紀後半になって、急速に、広範に普及した奇跡の白色顔料です。隠蔽力が高いために、基材の材料の元の色を隠し、すべて同じような、均一なホワイトにしてしまう。どんな安普請でも、この白で隠蔽してしまえばモダンに見えてしまう。これは建造物において、極めて大きな面積の平面を一様にホワイトにすることを可能にした顔料です。『セヴェランス』では、《隠蔽》というのは大きなテーマの一つです。たとえ、どんなに破綻したモラルでも、残酷な搾取のシステムでも、レトリックで《隠蔽》できてしまう。その《隠蔽》を象徴するのが酸化チタンの白ではないでしょうか。
ネットのミームのなかだけに存在したイエローと、隠蔽性が高く、どんな材料でも同じ平面にしてしまうホワイト。アプローチは違いますが、どちらも、私たちの意識と空間の関係が再定義されていくなかで生まれた色だと思います。
リミナル・スペースの《美学》のなかで、もうひとつ重要なのが「消失点に向かってのびる天井、床の線や連続するパターンによって強調される透視図的線遠近法」です。ネットに見られる多くの「リミナル・スペース」の画像が、この強調された線遠近法をはらんでいます。

インターネットにアップロードされる画像(写真)のほとんどは、スマートフォンによって撮影されたものです。つまり、撮影に使用されているレンズはスマートフォンの広角レンズが主体です。こういった広角レンズでは、いわゆる樽状歪み(バレル・ディストーション)が起きてしまい、消失点が中心からずれたり、地平線が傾いたりすると、透視図的構図の歪みが強調されてしまいます。スマートフォンのファームウェアでかなり補正はしているものの、光学的に歪んでいるので修正しきれない場合があります。例えば、上の画像で三叉路のようになったアパートの廊下の写真、左側の通路、特にドアがかなり傾いて写っているのが分かると思います。リミナルスペースとしてアップロードされた写真には、よく見ると、このような歪みが存在していることがあります。
撮影監督のジェレミー・コックスによれば、『バックルームズ』の壁をすり抜けた「バックルームズの世界」では、ツァイスのSupreme Primeのレンズセットのうち、18㎜か、それ以上に広角のレンズが使われているようです。構図によってははっきりと歪みが現れる箇所がありました。

「バックルームズ」の外の世界では、短くても25㎜、28㎜のレンズを使っているとのことです。これは、意図的な選択です。バックルームズの世界では、ネットで交換され、流通している《世界》がもつ色や遠近法が意図的に採用され、外の世界では、なるべくリニアな、歪みの少ない手法で撮影されている。この点においても、『バックルームズ』はデジタルーモバイルーネット環境の産物なのです。
一方で『セヴェンランス』でも、地下のフロアでは広角レンズが使用されていますが、ややアプローチが違います。
『セヴェランス』の撮影監督、ジェシカ・リー・ガグニー(Jessica Lee Gagné)によれば、人物のショットには50㎜レンズを主に使い、屋内を広く撮るときにパナヴィジョンのH-Seriesの20㎜か、P70の24㎜を使用したといいます。これは、オフィスの広い空間をフレーム内に収めつつ、天井や壁のパターンや線を歪めないようにするギリギリの選択だったようです。歪みが顕著に出てきてしまうアナモルフィックの25㎜レンズにいたっては「使わないからクリント・イーストウッドにあげた」と言っているくらいです。それでも、広角の構図では歪みがどうしても顕在化してしまいますね。

私が非常に興味深く感じたのは、この二人の撮影監督が撮影に入る前の準備段階のアプローチです。ジェレミー・コックスが作品のイメージをつかむために制作した「Lookbook」があります。いわゆるリミナルスペースの写真が大半を占めますが、同時に人間を配置した写真もいくつか見られます。写真からは、透視図的空間にいかに人物を配置するか、という点に興味が注がれていたのがわかります。
一方、ジェシカ・リー・ガグニーは、Lars Tunbjörk(”Office”)、Lewis Baltz(”Sites of Technology”)、Lynne Cohen、Lee Friedlander(”At Work”)といった写真家の作品を参考にしたと述べています。Tunbjörkのリミナルと猥雑が同居しているような世界、80年代末にコーポレート・カルチャーが特殊な空間を生み出し始めていることを発見したLewis Baltz、人間がいない建築空間の匂いを敏感に嗅ぎとっていたLynne Cohen、そしてオフィスで働く人間の可塑性を撮り続けたLee Friedlander。これらの写真家の作品を見ていると、現在「リミナルスペースの美学」と呼ばれているような感覚、あるいはその視点は、インターネット以前からすでに存在していたと強く感じます。
特に私が強い衝撃を受けたのは、Lee Friedlanderのこの写真です。オフィスで働く女性のポートレートとして、特になんでもないように見えるのですが、天井の反復される構造物と照明器具で強調されたパースペクティブと彼女のうつろな表情が、ある種の宗教性を帯びているように感じたのです。

例えば、15世紀の宗教画家、バルトロメオ・モンターニャの「即位した聖母子と諸聖人」「聖母子と洗礼者聖ヨハネ、聖バルトロメオ、聖アグスティヌス、聖セバスティアヌス、3人の音楽天使(1485年頃)」などは、Friedlanderの写真を彷彿とさせます。

建造物のパターンがつくりだす一点透視法の強烈なパースペクティブに人物を配置する、というアプローチについては、もちろんダ・ヴィンチの「最後の晩餐」が最も有名でしょう。

フラ・フリッポ・リッピの「聖母子と聖アンの人生からの場面」には、さらにおかしな空間が登場します。


三次元を線遠近法によって表現する手法が開発された15世紀のヨーロッパの絵画では、線遠近法を様々な想像上の空間に適用します。しかし、この空間はいったい何なのでしょうか?現代的な意味でのリミナル・スペースではないかもしれませんが、神の國とこの世をつなぐリミナル・スペースかもしれません。



ニュース切り抜き
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ハマーフィルムズの『吸血鬼ドラキュラ(Dracula, 1958)』の4Kコレクターズ・エディション・ブルーレイが発売されます。驚異の7枚組!
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1990年代のファッションを代表する(?)デザイナーの一人、アイザック・ミズラヒのドキュメンタリー『アンジップド(Unzipped, 1995)』がレストア上映されるそうです。でもミズラヒというと、TargetとかJCPennyとかQVCのイメージが強くて…。
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ティント・ブラスの『危険な恋人(Col cuore in gola, 1967)』の4Kレストア上映についての詳細な記事。「名声はアルゴリズムには作れない」はいいですね。
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やはり『イングリッシュ・オーガスト(English, August, 1994)』の修復についての記事。サウンドトラックは、なんと監督が保管していたDATから起こしたとのこと。
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マーティン・スコセッシが、自らの映画関係の「アーカイブ全体」をイタリア、ローマ市に寄贈することを検討中。
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インド映画『パーキーザ(Pakeezah, 1972)』、ムンバイのフィルム・ヘリテージ・ファウンデーションによる修復によって蘇り、リヨンのルミエール映画祭で上映されます。インド映画史上でも稀にみる賞賛を受け続けているこの映画は、1956年に白黒映画として製作が開始され、なんと15年もかかってカラー映画として完成したという、監督カマル・アムロヒの執念のこもった作品です。修復も一筋縄ではいかず、劣化したカメラネガや保存状態の悪いプリントから時間をかけて修復したといいます。
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