こんにちは。Murderous Inkです。
2026年9月26日のニュースレターです。
9月26日は、アメリカの歴史的/伝説的/民話的英雄、ジョニー・アップルシードの誕生日です。日本でも、このフォークロア的人物の本が出版されたりしていますので、ご存じの方も多いと思います。オハイオ州など中西部を行脚して、リンゴの種をまきながら、スウェーデンボリの教えを説いてまわった人物ですね。ご存じのように、リンゴは接ぎ木で繁殖させないと美味しい実をつくらないので、彼の蒔いたリンゴの種から成長した木から採れた実は不味くて食べられなかったとか。ただ、シードルにはできるので、19世紀のアメリカ中西部ではシードルがたくさん生産されたそうです。
《映画の復元》は何を復元するのか
不完全を完全に
端的に言って、1980年代のメキシコではアニメーション映画製作は盛んではありませんでした。
1983年に公開された『Roy del Espacio』(Roy from Space)は、メキシコ映画史上3作目の長編アニメーション映画で、『スター・ウォーズ』シリーズや、『フラッシュ・ゴードン』シリーズに影響を受けたSFです。火星からの強力な宇宙線が地球を脅かし、国連が地球を救うためにロイと仲間たちを火星に送り込む、という物語の様です。そこで、ロボット、モンスター、女王など様々なキャラクターが登場し、宇宙戦争が繰り広げられるという、典型的なスペースオペラですね。
『Roy del Espacio』はメキシコ・シティの12の映画館で公開されましたが、そのうち10館は2日で打ち切り、残りの2館も1週間で打ち切りました。その後、この映画が上映されることはなく、完全に忘れ去られました。
理由は、明確です。いわゆるプロフェッショナルのクオリティからは、あまりにかけ離れたものだった。
監督はヘクトール・ロペス・カルモナ(Héctor López Carmona)という人物です。彼はそれまで映画のタイトルシーケンスのアニメーションやコマーシャルしか作ったことがなく、いわば長編アニメ制作に関しては素人。製作はプロデューサーの子供たちや親戚がセル画を描き彩色したり、高校の就職支援でやってきた子供たちが作業に従事していたようです。つまり、ほとんどのスタッフがアニメーション未経験のティーンエイジャーだったのです。
映画は、ながいあいだ《ロスト・メディア》だと思われていました。ところが、メキシコの国立映画センターにオリジナルのネガが保管されていたのです。カルト映画専門の配給・ディスク製作会社Deaf Crocodileがデジタル・スキャンを依頼し、修復に乗り出しました。なにしろ、公開後、誰も見たことがない映画ですから、いったいどんなものが飛び出すのかわかりません。そして届いたスキャンをみて頭を抱えてしまったのです。アクションシーンの一部で、深作欣二監督の『宇宙からのメッセージ(1978)』からのフィルムがそのまま流用されていたのです。はっきり言えば、盗用です。
修復し、再上映、ブルーレイディスク販売を考えていたDeaf Crocodileは、この明確な著作権違反をそのまま《修復》するわけにはいかない。この『宇宙からのメッセージ』の部分を別の方法で切り抜けられないかと考えました。いちばん単純な方法は『宇宙からのメッセージ』のフッテージを取り除いて、そこに「字幕」を挿入するという方法。どんなことが起きたかを字幕で説明して、次のシーンにつなげていく。いちばん無難な方法でしょう。しかし、アクションシーンでこれはつまらない。そこで、Crocodileは2人のアニメーション作家に依頼して、このアクションシーンを《作る》ことに決めたのです。
当初は『宇宙からのメッセージ』をロトスコープでなぞることが提案されていたのですが、見た目のスタイルが残りの本編とあまりに違う。そこで『Roy Del Espacio』のスタイルを踏襲しつつ、『宇宙からのメッセージ』のフィルムが挿入されていた部分を取り除き、一からアニメーション製作することにしたそうです。
このようにして《完成》させた修復版『Roy Del Espacio』はブルーレイ予約も始まり、映画祭などでの上映も計画されています。
修復の意味
国際フィルム・アーカイヴ連盟(FIAF)の映画のデジタル修復に関するガイドライン(The Digital Statement Part III, Image Restoration, Manipulation, Treatment, and Ethics)の編集の項目には、「The sequence and content of shots and titles in a restored film must be identical to the original version to the greatest extent possible(修復された映画のショット、字幕の順序と内容は、できる限りオリジナル版と同一でなければいけない)」と記されています。この視点からすると、『Roy del Espacio』の修復はかなり問題があるものになりますね。オリジナル版は「劇場公開版」「ディレクターズ・カット」「日本公開版」といった具合に複数あるわけでなく、一つしかありません。そのオリジナル版の一部が削除され、そこに異なるシーンが製作され挿入されたのです。しかし、オリジナル版が著作権を侵害した作品だった場合はどうするのか。
似たような状況の作品として、トルコ版スター・ウォーズと呼ばれる『世界を救った男(Dünyayı Kurtaran Adam, 1978)』があります。これは実写のSF映画ですが、『スター・ウォーズ』からのフィルムをそのまま盗用してアクションシーンを作っているところがあります。2016年に映画史研究家のエド・グレイザー(Ed Glaser)が唯一現存する35㎜プリントからデジタル修復した際には、この『スター・ウォーズ』からの盗用をそのまま使用しました。ブルーレイも限定的ですがリリースしました。
確かに、修復された『Roy del Espacio』は、どこにもっていっても何の問題もなく上映できる作品になりました。しかし、これがオリジナルの《修復》なのかと言われると、やはり「違う」と言わざるを得ないと思います。オリジナルの『Roy del Espacio』は、アニメーションのなかに他の実写映画のフィルムを挿入しても構わない、という《美学》(あるいはその欠如、あるいはその放棄)があったわけですが、それが《修復》によって取り除かれてしまったのです。私たちは、修復によって、アニメーションとして完成している作品と接することになります。
では、『世界を救った男』の《修復》が正しいのか。観客は、アスペクト比も色もおかしい『スター・ウォーズ』を見て、そのキャンプさに笑うのかもしれません。映画製作当時の製作者たちの《美学》(あるいはその欠如、あるいはその放棄)を見ることできるのです。これは法的なリスクがあるのを承知の上でリリースしたのだろうと思います。そのリスクを最小限にするために、ごく一部の流通経路でのみディスクをリリースするという手段をとらざるを得なかったのかもしれません。
これは、修復・保存とアクセス性のあいだの相反する問題です。デジタル映像化は、視聴者が作品へアクセスすることを容易にしましたが、それはあくまで技術的な一側面にすぎません。古い映画では、欠如した部分をどのようにして補うのかが、頻繁に議論になります。字幕を挿入したり、入手可能な限り原作品から残された静止画を挿入するという手段は、普通におこなわれてきました。しかし、今回の『Roy del Espacio』のように作品の一部を新しく製作したフッテージで置き換えるというのは、珍しい例ですが、これから増えると思います。当然、生成AIで同様の《再構成》を行なうケースは数多く出てくると思います(確か『London After Midnight』をAI動画生成をして《再構成した》としている例がありました)。これは、今後大きな問題になるでしょう。少なくとも、現存するオリジナルに存在していないフッテージを作った場合には、それがオリジナルに存在しなかったシーンであるとわかるように透かしなり、ロゴなりをいれるべきではないでしょうか。
ニュース切り抜き
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