雑音なくして楽しいラジオ

こんにちは。Murderous Inkです。

2026年10月3日のニュースレターです。


10月は「受信環境クリーン月間」だそうです。これは主に電波を介したテレビ、ラジオの受信環境の向上を目指す運動です。この運動は、さかのぼると1950年に電波法が制定されたことが起源です。これは電波障害となる雑音を発生する機器や設備の所有者に対して、その改修を命ずることができるという法律です。1950年代から60年代にかけては、ラジオやテレビの受信を妨害しノイズや受信障害を引き起こす原因として、蛍光灯や大型のモーター、そして自動車やバイクのスパークプラグなどがあったようです。時代は変わり、今では700MHz帯携帯電話基地局がテレビ受信に障害を起こすことがあるようです。

雑音一掃運動のポスター(1957年, 「電波時報」10月号より)

映画の復元は何を復元するのか

正しい『フレンチ・コネクション』とは

自分の眼を疑った。ノイズと粒状性は、今まで見たどのブルーレイよりも圧倒的にひどい。陰影は細部が飛んでしまっている。HDのシャープさはどこにもない。色?まったく色味がない。これがブルーレイなの?なんの冗談だ?昔のDVDのほうがこれよりも良かったぞ。だが、それでも私はブルーレイを見続けていたが、そのうち嫌な予感がしはじめた ── 疑念が持ち上がってきたのだ。これは誰かがわざとやったんだ。

Evan Powell

ウィリアム・フリードキン監督の『フレンチ・コネクション(French Connection, 1971)』のブルーレイが2009年に発売されたとき、ファンのあいだで議論が巻き起こりました。

このブルーレイの色彩は、あの『フレンチ・コネクション』なのか。

色味が全体的に柔らかい色になっていて、あの70年代ニューヨークの色ではない、いや、公開時の『フレンチ・コネクション』の色ではない、という意見がインターネット上で噴出したのです。ブルーレイがリリースされたのは2009年2月ですが、すぐにオンラインの掲示板は不満であふれかえりました。「blu-ray.com」の掲示板では「買わない」と宣言する人が続出し、「andyfilm.com」は以前にリリースされたDVDとの比較を試みる人たちにあふれ、「criterionforum.com」でも論争が起きました。

カラー映画の修復は、白黒映画に比べて厄介なことがあります。カラーフィルムでは、色素(dye)の化学変化によって発色するのですが、いったん発色・定着させた色素が経年で別の化学変化を起こし、色が変わってしまうのです。そして、その変化が意外と早く起きてしまうのです。保存環境によっては、20年、30年でもとの色をとどめていないフィルムは珍しくありません。そして、その変化の度合いや(色空間での)傾向が、色素の種類によって違うのです。

では、どの色が《正しい》のか。退色や変色してしまったフィルムを《正しい》色に戻すとき、何をもって《正しい》とするのか。それが問題になるのです。

じつは、ブルーレイ用の修復作業のなかで、色彩の調整(カラーグレーディング)については、監督のフリードキン自身が指揮をとっており、彼が《パステル調》の色合いにするように指示したのです。ブルーレイには特典映像も入っていて、フリードキン自身が、『フレンチ・コネクション』の色設計の思想や、レストアでのアプローチについて述べています。つまり、ブルーレイの色合いは、監督自身が決めたことであり、正当な《作家》その人の判断なのです。《作家の意図》が作品の《正解》と考えるなら、このパステル調の色合いは《正解》であり、「私が覚えている『フレンチ・コネクション』と違う」と不満を言っているファンは《間違っている》ということになります。事実、前述の「criterionforum.com」では、フリードキンを擁護する人と批判する人のあいだで論争が起きています。

『フレンチ・コネクション』の色設計に関する論争は、さらにエスカレートします。この映画の撮影監督であるオーウェン・ロイズマンが、このブルーレイの色設計を問題視したのです。

ビリー(ウィリアム・フリードキン)は、どういうわけか、自分一人でやろうと決めたんだ。僕にはなんの相談も来ていない。あれには驚いた。ビリーはいったい何を考えていたんだろうね。あれは、僕が撮った映画じゃない。あのブルーレイ化に関わるのはまったくもってゴメンだ。ひどいよ、あれは。

オーウェン・ロイズマン

この発言がきっかけで、一時期フリードキンとロイズマンの関係は悪化してしまったようです。

この話はこれで終わりではありません。3年後の2012年に『フレンチ・コネクション』の新しいブルーレイがアメリカの「Best Buy」というチェーン店だけで発売されたのです。このブルーレイは、色設計をやり直したバージョンだったのです。しかも、フリードキンがやり直しさせたというのです。

フリードキンによれば、2009年版の際に、彼の指示で製作されたマスターはまったく問題なかったのだが、その後ブルーレイ・ディスクを作る段になって、ディスクの製造・販売元であるフォックスが問題のあるコピーを製作、そのコピーを使って4つの会社でディスクが生産されたといいます。ロイズマンと二人で、マスターとロイズマンが買った2009年版ブルーレイを見比べて、はじめて何が起きたのか知ったのだといいます。そこで、2012年に再度作り直した版を発売したのだそうです。

2009年版と2012年版を比べると、その違いは一目瞭然です。

2009年発売のブルーレイ(左)と2012年発売のブルーレイ(右)

この『フレンチ・コネクション』のブルーレイで起きた騒動は、様々な側面をもっています。

  • 色を《再現》するとはどういうことか?何が《正しい色》なのか?

  • 《正しい色》を決めるのは誰か?

映画の場合、その色彩は、どんな色が《正しい色》なのでしょうか?撮影現場で監督がカメラのビューファインダーでのぞいた時の色?カメラネガの色(反転しているけど)?インターポジの色?公開時のプリントの色?観客が覚えている色?30年後に監督が「この色がいい」と指定した色?

それは次の問いにも関わります。誰が決めるのか?監督?撮影監督?プロデューサー?映画会社の誰か?アーキヴィスト?観客?

FIAFの「Digital Statement」にはレストア(Restoration)における基本的なガイドラインが記載されています。そのなかの「Grading」に、どのようにして《色》を再現するべきか、が述べられています。まずは客観的な比較対象となる参照点を見つけること。理想的には、公開時のプリントです。しかも退色や変色していないもの。しかし、なかなかそんなものは入手できません。そうなると、リサーチし、リファレンスを探し出し、当時のプロフェッショナルの意見を参考にします。公開時のプリント同士を比較したり、同時代に同様の技術を使って製作された映画を参考にする、といったことが考えられます。そして、映画製作にたずさわった人々に、修復作業に参加してもらう、といったことも挙げられています。

ここに記載されていることに忠実に沿ってレストアすることじたいが結構難しいのですが、問題はどうもそこではないように思うのです。『フレンチ・コネクション』や『ゴッドファーザー』『マトリックス』『地獄の黙示録』、そして最近の『クライング・ゲーム』『ポイント・ブランク』のレストアでおこる《色》の議論の多くは、鑑賞者/観客から湧き上がっている。ところが、鑑賞者/観客は信頼できるレファレンス、比較対象を持たない場合が多く(比較対象があっても、それが昔のDVDだったり、ネットに上がっている古いトレイラーだったりする)、どうしても印象で議論をしがちです。そして、印象は間違えやすい。

この消費者側の認知の曖昧さの上に、さらに『フレンチ・コネクション』や『ゴッドファーザー』のように、あとになって映画製作者たちが「リリースされた製品は、私たちのレストアと違っていたみたい」と言い出すケースもあるのです。『フレンチ・コネクション』の場合がよい例です。2009年のブルーレイ版を批判していた人たちの多くは(あるいは擁護していた人たちの多くは)、ブルーレイ本編の映像と、ブルーレイに収録されていた特典映像の「レストア映像」が同じものだと思っていた。しかし、実際に比較してみると、この2つの映像の色彩は違っていたのです(すなわち、フリードキンの弁明は決してウソではなく、彼が作ったマスターと本編として売られたディスクの映像は違うものだった可能性が高い)。つまり、いろんなところで、いろんな《色の間違い》が起こり、そして齟齬や矛盾が起きてしまっているようなのです。

『フレンチ・コネクション』の色彩 (左)2009年ブルーレイ特典映像(中)2009年ブルーレイ本編(右)2021年ブルーレイ本編

このことが示すように、人間の「色」に関する認知能力は実に曖昧で信用できないのです。簡単にバイアスされてしまう。私も、最近の『クライング・ゲーム』の映像比較を見て「確かに新しい4Kレストアの映像はヘンだなあ」と思ったのですが、では、何が「正しい」と思うのかというと、実はあやふやなのです。そこに一緒に比較されていたDVDの映像と「違う」のは確かなのですが、ではDVDの映像が《正しい》のかというと、その保証はどこにもありません。むしろ、今回の4Kレストアは、カメラネガをもとに、アカデミーのアーカイブ・プリントを色見本として使用しているのですから、その点においてFIAFの思想に則っています。

むしろ、ハリウッド映像史のなかの色彩設計について再考しないといけないのかもしれません。1970年代のニューヨークを舞台にした映画は、どんな色彩だったのか。私たちが70年代映画として記憶している色合いはズレているのかもしれません。90年代はどうだったのか。レストア版の『クライング・ゲーム』のような「夕暮れの」色彩が好んで使われていたのなら、再考する必要があるのかもしれません。

ニュース切り抜き

  • 韓国で1999年に製作されたものの、韓国内では検閲で大幅にカットされた『LIES 嘘(거짓말, 1999)』が、はじめて韓国内でノーカットで上映されます。原作となったチャン・ジョンイルの1997年の小説「私に嘘をついてみろ」は出版禁止になり、ジョンイルも拘束されましたが、映画監督のチャン・ソヌがこれを映画化したのが『LIES 嘘』です。

  • アッサム語映画『アシュロイ(Ashroy, 1979)』はロストメディアとしてあきらめられていましたが、なんとU-matic テープが発見されたとこのこと。

  • 実験映画、カルト映画、ホラー映画、あるいは宗教映画と様々な呼び方をされている『Begotten(1989)』が4Kレストアされ、ニューヨークのIFCで劇場公開されます。

  • こちらも4Kレストア再公開。チャン・イーモウの『紅夢(大紅燈籠高高掛, 1991)』も35周年で公開されます。

  • 『過去を逃れて(Out of the Past, 1947)』の4Kブルーレイ、評判がいいみたいですね。

  • 一方、ギレルモ・デル・トロは『パンズ・ラビリンス(El laberinto del fauno, 2006)』を3D化すると述べていましたが、AIを使用せずに3D化したと発表しました。

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