森と湖のまつり

こんにちは。Murderous Inkです。

2026年8月29日のニュースレターです。


先週にひきつづき、今週もかつてあった祭りの話を。

かつて北海道の釧路、塘路湖でおこなわれていたベカンベ祭り。アイヌの祭りのひとつで、秋のベカンベ(菱の実)の収穫をはじめる8月末から9月初めにおこなわれていました。アイヌにとって、ベカンベは重要な食料のひとつであり、秋と冬の二回採集していたといわれています。

武田泰淳の「森と湖のまつり(1955~1958)」は、このアイヌの祭りを題材に採った小説で、連載が完結した1958年に内田吐夢監督、高倉健、香川京子、三國連太郎出演で映画化されました。

韓国映画界の不調

『王と生きる男(왕과 사는 남자, 2026)』
韓国映画界の興行成績分析

去年の末くらいから、韓国映画界が不調だという論調の記事をいくつか目にしました。映画は儲からず、ソウルのシネコンが閉鎖に追い込まれた(マネー現代)とか、映画の製作企画は大企業中心で同じようなものばかりだから飽きられたとか(現代ビジネス)、チケットを値上げしすぎたとか、書かれています。こういう記事は「それに比べて日本は復活基調」という感じの論調のものが多いのも特徴です。確かに数字の上であきらかに韓国映画界は、それまで主要マーケットだった韓国国内の劇場興行収入が大幅に落ち込んでいるのは事実です。しかし、興行がNetflixなどのストリーミングにシフトしているどこでも同じことですし、日本のシネコンも一部のタイトルを除けば苦戦していることには変わりない。なんとなく、あそこまで急激に落ち込むにはそれなりに理由があったのではないかと思っていました。

このseoulzの記事は、その分析をもう少し興行ビジネス全体の視点から紐解いています。

いくつか要点があるのですが、私が興味深いと思ったのは次の二点。

  1. 韓国ではもともと映画チケットの代金がディスカウントされていて、そのせいで劇場の収入が入場者数に比して相対的に少なかった。

    パンデミックの後に、チケット代が12,000ウォンから15,000ウォンに値上げされたことが取りざたされますが、そもそも大部分の観客が割引チケットで入場していて、平均は9,869ウォン(2025年)。これは、携帯各社が大量購入したチケットをユーザー特典として割引価格で提供しているのです。当然、このディスカウントのツケは、製作者、映画会社が吸収せざるを得なくなります。

  2. 劇場チェーンの破綻を先延ばしにしている。

    日本と同じく、シネコンは寡占状態でCJ CGV(CJグループ傘下)、メガボックス(中央グループ傘下)、ロッテシネマ(ロッテグループ傘下)の三社が市場をほぼ占めています。このうち、CJ CGVは親会社のCJグループが資本を投入して延命させている状態です。 メガボックスとロッテシネマは合併を模索していましたが、中央グループの破綻、会社更生法適用によって、事実上解消されました。

劇場チェーンの運営が岐路に立っていて、垂直統合型の韓国の産業構造がどこかで行き詰る可能性は高いようにみえます。製作は製作委員会方式が主流、劇場チェーンは不動産開発の性格が強い日本の映画産業と違って、製作資本も劇場もグループ(財閥)企業の一部でしかない、という韓国においては、グループ全体で見たときの収支が最優先されてしまう。ヒット作の有無というのは、その産業の表面だけの出来事なのです。


Netflixに負けたのか

映画だけではなく、従来から根強い人気の韓国ドラマにも変化が表れているようです。人気のドラマを多数放映していたJTBCチャンネルが破綻してしまったのです。

中央グループ、そしてその傘下のケーブルチャンネルJTBCの破綻は、すぐに「Netflixに負けた」と言われるのですが、もう少し事態は複雑なのではないかと思います。たしかに「Netflix オリジナル」と言われる、Netflixでのみ配信されているドラマ(たとえば『イカゲーム』シリーズ)の製作費は爆発的に増大しているのに対して、国内TV向けに製作されていたドラマの製作費は見劣りしたかもしれません。しかし、JTBCはそのなかでもかなりヒット作を製作していたばかりか、Netflixを含むOTTが主戦場になっていたドラマも多かったのです。『SKYキャッスル(SKY 캐슬, 2018)』『梨泰院クラス(이태원 클라쓰, 2020)』『財閥家の末息子(재벌집 막내아들, 2022)』などは、ストリーミングサービスがあったからこそ、人気作になったといってもいいでしょう。しかし、JTBCはここから十分なIP収入を得ることができなかったのが痛手でした。やはりここでもグループ企業運営の特殊性があるのかもしれません。

しかし、そういった背景とは別に、Netflixを含むOTTが新しい市場を開拓しているのは事実だと思います。それはターゲットの年齢層の違いです。

これは現在ではどこの国でもそうだと思いますが、韓国の地上波TVは、視聴者の年齢分布で高齢者が占める割合が高く、若年層の視聴は低下する一方です。つまり、地上波でのドラマ製作には、この視聴者の年齢分布がカギになっているはずです。

韓国の地上波放送視聴の年代別比率。韓国開発研究院

必然的に、地上波放送での番組制作はこの年齢分布を念頭に置いたものになり、ドラマシリーズも高い年齢層をターゲットにせざるを得なくなります。個別のドラマシリーズでの視聴者年齢分布を公表したものは非常に少ないのですが、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌(이상한 변호사 우영우, 2022)』のデータが発表されていました。

『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の韓国国内での年齢別視聴者分布。出典:mediatoday

これはエピソードごとの視聴者分布のグラフですが、40代(ブルー)と50代(グリーン)でほぼ半分を占めているのが分かると思います。60歳以上(ネイビー)をいれると70%が40歳以上となります。この記事では、「『ウ・ヨンウ』は10代の視聴者(オレンジ)が多かった」という分析が行われているのですが、それは「他の番組に比べて」という意味です。40代、50代の親と一緒に視聴したのではないかという推測が行われているのですが、どうでしょうか。

ここで起きているのが、ドラマの登場人物たちは20代~30代なのに、見ているのは40代以上というズレです。

地上波放送の韓国ドラマでは、そのズレを吸収するために視聴者の世代が中心になるように路線を変更している。tvNの『応答せよ』シリーズのように過去の時代を振り返り、視聴者層が「若かった頃」を舞台にするノスタルジアものは年々増加していますし、JTBCの『ソウルの家から大企業に通うキム部長の物語(서울 자가에 대기업 다니는 김 부장 이야기, 2025)』のように、50~60代以外は別に見なくてもいい、くらいのテーマ設定のものもあります。あとは、時代劇と現代劇をタイムスリップで組み合わせるタイプの無年代設定。

これは韓国だけではなく、日本でも起きていますよね。ドラマやアニメの主題や人物が、10代などの若い世代なのに、視聴者のボリュームゾーンは40代以上というのは普通だと思います。あるいは、年齢不詳、年齢不問の世界にしてしまうとか。

いっぽうで、『イカゲーム』は、韓国国内では圧倒的に20代、30代の支持を集めたといわれています。Netflixは視聴者の詳細なデータは公表しないので、あくまで推測の域を出ないのですが、モバイルアプリのアクセス急増と『イカゲーム』のプレミア時期が同期しているというデータに基づいています。国際的に見ても、『イカゲーム』の視聴者層は20~40代がボリュームゾーンになっているのは間違いなさそうです。固定のディスプレイではなく、モバイルのスクリーンで視聴することが当たり前の時代に、その視聴行動が最も盛んな年代をも取り込んだのが『イカゲーム』のような作品です。

ちなみに韓国製作のNetflix番組というと『イカゲーム』ばかりが言及されるのですが、その他には何があるの?という疑問もあるでしょう。意外ですが、『イカゲーム』の次にNetflixで人気のある(視聴数の多い)韓国番組は、アニメの『ベベフィン』、その他、2023年からの累計で100位以内に入っているのは『キング・ザ・ランド』と『ブラッドハウンド』だけです。メディアで騒がれるほど、韓国ドラマ、映画がストリーミング市場で大ヒット作があるわけではないのです(これは日本のアニメ輸出の国内での認知と現状のギャップについてもいえることです)。そのなかで、Netflixがただ製作費を出資するだけでなく、スタジオドラゴンの株主になっていることは、Netflixが将来的な見通しをどう考えているのか非常に気になるところです。

ニュース切り抜き

  • ウィリアム・グリーヴス/デヴィッド・グリーヴス監督の『Once Upon A Time In Harlem (2026)』がトロント映画祭で上映されることが決まりました。POVがデヴィッド・グリーヴスとリアニ・グリーヴスにインタビューしています。

  • インド・ヒンディー語映画『1942・愛の物語(1942: A Love Story, 1994)』の8K修復版がインド国内で上映されているのですが、設備が不十分な映画館での上映を取りやめているとこのこと。

  • シンガポールの映画監督タン・ピン・ピンの『シンガポールへ、愛をこめて(To Singapore, With Love, 2013)』がバンクーバーでおこなわれている「上映禁止映画祭」で上映されます。

  • Varietyによると、アピチャートポン・ウィーラセータクンの4作品『ブリスフリー・ユアーズ(สุดเสน่หา/Blissfully Yours, 2002)』『トロピカル・マラディ(สัตว์ประหลาด/Tropical Malady, 2004)』『世紀の光(แสงศตวรรษ/Syndromes and a Century, 2006)』 『ブンミおじさんの森(ลุงบุญมีระลึกชาติ/Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives, 2010)』の4K修復版配給をマッチ・ファクトリーが行うことになったそうです。

  • Animation Obsessiveが日本のTVコマーシャル・アニメーションを特集。

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