こんにちは。Murderous Inkです。
2026年9月5日のニュースレターです。
今年のアメリカ/カナダの「労働者の日(Labor Day)」は9月7日です。
発祥は、1882年9月5日。ニューヨークの中央労働組合によって行われました。北米の各都市でパレードなどが開催されるようになったため、2年後の1884年にアメリカでは国の祝日として制定されました。
『戦場0地点』は《リアル》なのか
── 戦場のカメラのマーケティング
ミスティスラフ・チェルノフ監督の『戦場0地点(2000 Meters to Andriivka, 2025)』の日本での劇場公開が9月4日から始まりました。
2023年、ウクライナ軍第3強襲旅団の小隊に同行したチェルノフ監督が、ロシア軍に占領されたアンドリーウカ村の奪還作戦を記録したドキュメンタリー。
監督は、ジャーナリストとしてではなく、兵士たちと行動を共にしながら戦場へ身を置く。映像の多くは、兵士たちのヘルメットカメラやドローンによって撮影されており、観客は彼らとともに、アンドリーウカ村までのわずか2000メートルを進むことになる。しかし、その距離は決して短くない。身を潜めながら前進し、一歩ごとに死と隣り合わせとなる極限の道のりである。
本作は、ニュース映像や数字だけでは決して伝わらない戦場の現実を突きつける。
監督 ミスティスラフ・チェルノフ
TOHOシネマズ オフィシャルサイト
日本語版の予告編でも「これが、本当の戦場」という文字が出てきます。
紹介文にもあるように、この映画の大部分は戦闘中の兵士が着用しているボディカムや、戦闘に同行した監督自身のカメラ、そしてドローンからのライブフィードなどで構成されています。 戦争をマクロレンズのみで観察したような、極めて近視的な映像でアンドリーウカの奪還が描かれていきます。この映画の紹介文や評には「戦争のリアル」「現実」を「体験」「体感」するという表現が出てくるのですが、私はそういった表現から距離を置きたいような気分になっています。
確かに、この映画に映し出されるシーンを見ていると、気分は重く、苦しくなっていきます。まだアンドリーウカまで1000メートルもあるのに、頭痛もするし、もう体調は悪くなる。見ているほうは、戦場での恐怖を知覚的、感覚的に体験させられ、命の奪い合いで消耗する時間をむりやり過ごさせられる羽目になるのです。もちろん、身体的な《体験》は疑似的であるばかりか、大部分が欠落しており、残っているところは薄められています。過ごす時間は不謹慎なまでに圧縮され、都合よく編集されています。しかし、私が、この映画を「戦争のリアル」とか「現実」といった言葉であらわすことを躊躇するのは、そこではありません。戦争と映像の歴史を振り返ると、おのずと浮き上がってくる問いが、躊躇させるのです。「では、今まで、戦場の残酷さ、虚しさを伝えるために、さんざん撮影されてきた映像は、リアルじゃなかったのか」という問いです。
BBC製作、アダム・カーチス監督の『ビター・レイク(Bitter Lake, 2015)』はアフガニスタンの歴史を紐解きながら、アメリカ゠イギリスがアフガニスタンで展開した軍事作戦、政治支配を追いかけるドキュメンタリーです。開始2分26秒あたりから始まる映像クリップは、赤い太陽が写っているのですが、なぜかその斜め上に小さな赤い太陽がもう一つあるのです。この2つの太陽の向こうに、くすんだ背景が揺れ動き、地面に転がる多数の兵士の死体が認識できたとき、その2つの太陽はレンズに飛び散った、血のしずくだと気づくのです。カメラは揺れ動き続け、数台の車両と走り回る兵士たちが乱暴に画面を横切っていきます。カメラマンは慌てて指でレンズの血を拭き取ろうとしますが、ただ泥と血が広がって余計に見えにくくなるだけです。

20年前のこの映像クリップは、戦争のリアルを伝えていないのでしょうか?
あるいは、1968年のヴェトナム戦争のフエの戦い。アメリカNBCテレビの現地レポートで、銃撃戦のさなかの海兵隊員にインタビューする映像があります。疲弊しきった海兵隊員は「敵がどこにいるのかわからない」「みんな家に帰って学校に行きたいと思っている」「この前、親友が殺された」と淡々としゃべり、そのまま立ち上がって壁の向こうにいる《敵》を撃ち始めるのです。初めてこのフィルムを見たとき、私は、そのとらえどころのない虚しさと悲しさに、唖然とし、恐怖をおぼえました。今でも、この虚しい映像を思い出します。

このクリップでは、殺される兵士が写っているわけではありません。誰かの無惨な死体が写っているわけでもありません。爆発で戦車や輸送車が吹き飛んでいる映像でもありません。そういった命のやり取りの場面がないのだから、これは戦争のリアルを映し出していないのでしょうか?
兵士のヘルメットに装着されたGoProの、まるでFPSのような映像や、ドローンの映像が、戦争のリアルなんでしょうか?
アメリカ陸軍士官学校のギル・バーンドラーは、『戦場0地点』のレビューのなかで、2023年の戦闘を映した、この『戦場0地点』という映画も、もうすでに「セピア色になっている(古くなっている)」と述べています。現在のウクライナの戦場では90パーセント以上の戦死はドローンによるもので、『戦場0地点』に描かれているような従来の歩兵のコンバットによる戦死は2%くらいだというのです。たった3年前の戦闘の様子を撮影した『戦場0地点』でさえ《戦場のリアル》を映し出せていない、というわけです。同様の主張は、この映画についてのオンライン上のレビューに頻繁に登場します。
つまり、新しい時代の戦争は、あんな緊迫した接近戦なんかやっていない、ドローンの映像こそが《リアル》なのだ、ということになるのでしょうか。
しかし、新しい(今までにない)手法で戦争の現場を撮影したからと言って、今までの戦争の映像と違って斬新で、よりリアルだ、という評価は成り立つのでしょうか。むしろ、そこには、戦争の映像を《リアリティ》という玩具として消費するという態度が見え隠れしていないでしょうか。
この消費の形態は、どこからどこまでが製作者の思惑なのか、そしてどこからどこまでが観客の期待なのか、切り分けることは極めて困難です。ただ、『戦場0地点』のプロモーションを見る限り、そういった観客の期待にエンゲージするような言葉や映像が選ばれているように思います。すなわち、《本物の戦場》というのならそれを見たい、という、観客の欲望を刺激するように仕組まれているように思います。
このような戦場の描写の《リアル》さ、残酷な描写が、マーケティングに利用されるのは、決して最近の事象ではありません。
第一次世界大戦の戦場の恐怖を描いたエーリッヒ・マリア・レマルクの小説「西部戦線異状なし(1929)」は、現在では反戦小説のようにとらえられていますが、少なくとも出版当初は、戦場描写のリアリティ/真正性を強調するために、《小説》ではなく、《普通の兵士によるリアルなドキュメント》として発表されました。文学研究者のトーマス・F・シュナイダーによれば、1920年代を通して、ドイツでは第一世界大戦を題材にした戦争小説は、戦争に関する政治論争に終始しがちで、次第に敬遠されるようになっていったといいます。そのような風潮をとらえたレマルクと出版社のウルスタインは、「西部戦線異状なし」の編集作業をすすめるなかで、政治的なメッセージを薄め、戦争の恐怖に関する描写を増やしていったのです。
小説「西部戦線異状なし」は発表当時からドイツ国内外で高い評価を受けていましたが、否定的な評価を示した数少ない批評家の一人として、ザーロモ・フリートレンダーがいます。彼はレマルクの小説が「金儲けのために戦争を利用している」と批判し、レマルクが戦時の軍歴や受勲を詐称していることも指摘しました。
フリートレンダーは、ミュノーナの筆名で「Neues Kinderspielzeug(新しい子供のおもちゃ)」という諧謔的なエッセイを書いています。このなかでフリートレンダーは、子供のおもちゃの兵隊はリアリティが足りない、あれは腰抜けがつくったものだ、と茶化すように宣言します。子供部屋にいるときから、リアルな戦争に触れさせなければならない、そのためには、おもちゃの兵隊は、血が出るように細工をし、磁石を使って撃たれたら腕や首が飛ぶようにするべきだ。さらにリアルにするためには、大きな共同墓地や野戦病院セット、それに必要な負傷者や死体の人形も同梱し、銃殺刑で処刑される市民と処刑隊の兵士たちの人形も必要だろう ─── 荒唐無稽な《子供のおもちゃ Kinderspielzeug》のアイディアを通して戦争のもたらす暴力の矮小化、あるいは美化を徹底的に非難する、このエッセイは1918年、第一次世界大戦中に発表されました。
このようなフリートレンダーの諧謔はもはや意味を持たないほど、現代のおもちゃは《リアル》になってしまいました。
レマルクの原作を映画化した『西部戦線異状なし(All Quiet on the Western Front, 1930)』は映画史上の名作と言われています。『戦場0地点』を、この『西部戦線異状なし』と「比肩する」映像芸術とさえ賞賛する評もあります。そこに乾いた皮肉を感じるのは私だけでしょうか。
ニュース切り抜き
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日本でも話題になっていましたが、中国のアニメーション『牛来(2026)』が予想外の大ヒットを続けています。この映画についてのオンライン上での議論が、既成の大企業製作アニメーションへの反発という性格を持ち始め、言論規制が危惧されています。
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プロト゠パンクバンド、ラモーンズのドキュメンタリー『End of the Century: The Story of the Ramones (2006)』が4K修復されて公開されます。
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以前紹介した『リヴァーベンド(Riverbend, 1989)』の修復のプロセスが詳細に報告されています。
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1986年、アメリカで生放送された『アル・カポネ秘密の地下室(The Mystery of Al Capone’s Vaults, 1986)』はアメリカTV史上最も高い視聴率を達成し、見事に大失敗したTV番組として語り継がれています。放映40周年を記念して、番組の秘密を解き明かす本が出版されました。
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『28日後…(28 Days Later, 2002)』の4Kレストアブルーレイが発売になったのですが、ファンのあいだで、オリジナルにはあったはずのあるショットが削除されていることが問題視されています。
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