イーグル゠ライオンのフィルム・ノワール史 (8)

イーグル゠ライオン最大のヒット作『Tーメン』は、《セミドキュメンタリー・スタイルのフィルム・ノワール》と言われている。セミドキュメンタリー・スタイルとはどんなものか。そして『Tーメン』で監督のアンソニー・マンと撮影監督のジョン・オルトンはどのようなアプローチをとったのか。この映画への評価と批判をみていく。

Semidocumentary

アンソニー・マン監督の『T-メン(T-men, 1947)』は、イーグル゠ライオンが製作・配給した映画のなかでは、最も話題を呼んだ映画だ。大都市での興行は同社の作品としては成功だった。ロサンジェルスでは、1947年のクリスマスに、オーフィウム、フォックス・ベルモント、ヴォーグ、エル・レイ、カルヴァー、ミリオン・ダラーの6つの映画館で公開され、ほぼ3週間のホールドオーバーで続映された。年があけて、ニューヨークでは1月23日からクライテリオン劇場で公開、24日間の続映となった。シカゴでは3月から10以上の映画館で続々と上映された。

もちろん、『T-メン』はアンソニー・マンが注目されるきっかけとなる重要な映画であり、マンと撮影監督のジョン・オルトンのコラボレーションが見事に結実した最初の作品でもある。エルマー・アイリーによる導入部の後、潜入捜査官が射殺される夜のシーンから、すでにアンソニー・マン/ジョン・オルトンのトレードマークである、暗黒の画面に引き込まれてしまう。

イーグル゠ライオンで製作された『Tーメン』『キャノン・シティ(Canon City, 1948)』『夜歩く男(He Walked by Night, 1948)』などはセミドキュメンタリーsemidocumentaryと呼ばれることがある。セミドキュメンタリー・スタイルとは、プロデューサーのルイ・ド・ロシュモン(Louis de Rochemont, 1899–1978)が20世紀フォックスで製作した一連の作品、そしてそれらに共通するスタイルを指している。

セミドキュメンタリー

このカテゴリーのフィルム・ノワールは、当時のニュース映画ジャーナリズムやドキュメンタリーの真正性やエッジの効いた自然主義が特徴だ。戦時中のスタジオ撮影環境に対する制限や、軽量化されたカメラ、持ち運びが可能になった照明装置などの技術開発に触発され、また、イタリアン・ネオリアリスモに多大な影響を受けた運動である。先駆的な存在となったのはアルフレッド・ヒッチコックの『疑惑の影(Shadow of a Doubt, 1943)』だ。これは、サンタ・ローザの地域住人を使ったロケーション撮影を活用した作品だ。しかし、セミドキュメンタリーのフィルム・ノワールの真の最初の作品はルイ・ド・ロシュモンの『Gメン対間諜(House on 92nd Street, 1945)』である。監督はヘンリー・ハサウェイで、ナチスのスパイ団を解体した実際の事件を基にしている。この映画は、FBIの協力のもと製作され、FBIがオフィス、スタッフ、装置などを貸し出し、「描かれている事件が起きた地域、なるべく事件が起きた実際の現場で撮影され」たと謳われている。そして、この映画で使われたボイスオーバーの導入部も、以降スタンダードになる。

Historical Dictionary of Film Noir [1 p.274]

第二次世界大戦が終結したあとの1945年から1950年ごろまでは、セミドキュメンタリー・スタイルのフィクション映画がハリウッドの製作者たちの想像力を占領していた。ド・ロシュモンが、戦前から戦時中に製作していた短編映画シリーズ『ザ・マーチ・オブ・タイム(The March of Time)[❖ note]The March of Time 出版社タイムズ(Times Inc.)が製作し、20世紀フォックスが配給していた短編映画シリーズ。短編一篇で一つの話題を取りあげ、実際の取材映像、再現映像、ニュース・リールなどを組み合わせて製作した。ド・ロシュモンは「ドキュメンタリー」という呼び名を嫌って、「画報(Pictorial Journalism)」と呼んでいた。他のカートゥーンやニュース映画とともに、長編映画の上映プログラムに組み込まれて上映されていた。』が端緒となり、ド・ロシュモン自身がこのスタイルを援用したフィクション映画を20世紀フォックスで製作し始めたのである。『Gメン対間諜(The House on 92nd Street, 1945)』『鮮血の情報(13 Rue Madeleine, 1947)』『影なき殺人(Boomerang, 1947)』などでは、実話を脚色しつつ、アクションやサスペンスを盛り込んで、物語を作り上げた。彼はセミドキュメンタリー・スタイルを開発した張本人だと言ってよいだろう。

第二次世界大戦後から1950年代までのセミドキュメンタリー・スタイルには、いくつかの特徴がある。

ひとつは、FBI、警察、軍、政府官庁といった公的機関による《お墨付き》が映画に与えられているという点だ。多くの場合、公的機関のトップ(例:FBI長官のJ・エドガー・フーヴァー)が映画の冒頭に登場して、これから見る物語は本当にあった事件だ、と宣言する。この冒頭部分と、威厳に満ちた男声によるボイスオーバー・ナレーション[❖ note]ボイスオーバー・ナレーション ナレーターはリード・ハドレー(Reed Hadley, 1911-1974)。戦時中から多くのドキュメンタリー映画でナレーションを担当している。が絡み合って、物語を外側(extra-diegetic)から進行させていく。

もうひとつは、ロケーション撮影を中心にした製作である。実際に事件や裁判が起きた場所や、ロサンジェルス、あるいはニューヨークのブルックリンといったように特定の都市や場所が同定できるような場所、風景を選んで撮影する。戦争中に進んだロケーション撮影の実践、そして、感度の高いフィルム、小型で特殊電源を必要としない照明、小型カメラ、ズームレンズ、クレーンなど、機動性の高い撮影技術や装置が開発され普及したことで、戦後はロケーション撮影へのハードルが一気に低くなった。

この二つの特徴は、当時のアメリカのプロパガンダ映画(『我々はなぜ戦うのか(Why We Fight, 1942-1945)』)、ニュース映画(newsreel)、映像ジャーナリズムから派生したものでもある。フィクションである劇映画が、真正性(authenticity)や真実性(reality)を確保するために、観客がジャーナリズムやニュースを介して慣れ親しんでいるスタイルを模倣したのだ。

《フィルム・ノワール》という言葉は、後世の映画批評家たちが発明したものだが、《セミドキュメンタリー[❖ note]セミ゠ドキュメンタリー 現在は英語でもハイフンなしの“semidocumentary”が一般的に使用されているので、そちらに従った。》という言葉は、当時から使われていた。

海軍後援の映画『Fighting Lady』が成功したおかげで、プロデューサーのルイ・ド・ロシュモンは、20世紀フォックスでセミ゠ドキュメンタリー案件を2件担当することになった。FBIの内部資料を基にした『Now It Can Be Told』、日本軍の駆逐艦に工作員を乗り込ませた実話を基にした『Boomerang』である。

Daily News (New York), 1945年3月2日

『死の接吻』は、「タレコミ屋」になった前科者が無法地帯から逃れようとする恐怖のストーリーを、『Gメン対間諜』や『影なき殺人』のセミ゠ドキュメンタリー・スタイルで描く映画である。

Los Angeles Evening Citizen News, 1947年8月14日

『T-メン』公開時の批評でも「セミ゠ドキュメンタリー・テクニック」が成功していると称賛されている [2]

前述したように、『Tーメン』は財務省のドル札偽造グループへの潜入捜査をテーマにした物語で、エルマー・アイリーによる導入部の演説と、ボイスオーバー・ナレーションが、(フィルム・ノワール的)サスペンスの《額縁装置》Framing Deviceとして機能している。

Criticism

イーグル゠ライオンにおけるアンソニー・マン/ジョン・オルトンの作品を評価する際に、後世のフィルム・ノワール分析が、この額縁構造を弱点とみなすことが実に多い。

(『T-メン』『脱獄の掟』『夜歩く男』の)3作品はどれも、1940年代後半にリパブリック(sic)で製作され、イーグル゠ライオンを通して配給された。最初に製作された『T-メン』は、オルトン/マンのコラボレーションの素晴らしい成果を多く含んではいるが、同時に欠点も多い。三作品ともオープニングがダメだが、特に『Tーメン』はバカげている。威厳のあるボイスオーバーが連邦捜査機関を褒めちぎったあと、財務省の実際のトップ(sic)が、彼のデスクから声明を読み上げるのだ。

Dan Georgakas [3]

『Tーメン』の一目でみて分かる欠点は、演出のミスでもなければ、いい加減なキャスティングでも、製作側の失敗でもない。それは、映画そのものと、その物語の元となったもの、すなわち財務省の映画製作への介入のあいだの関係だ。

A. b. Adcock [4]

さらに、フィルム・ノワールの特徴を、モラル的曖昧さと逸脱と定義する批評家からは、これらのセミドキュメンタリー・スタイルの映画が最終的に警察や政府などの《正義》の勝利で決着をつけるために、フィルム・ノワール的ではない、あるいはフィルム・ノワールではない、と断じられることはしばしばだ。額縁構造は、その《正義》の存在を際立たせるものとして機能しているために、セミドキュメンタリー・スタイルはそのようなフィルム・ノワール批評の中では居心地の悪いものになりがちである。

現代の映画嗜好シネフィリアのフィルターを通して『Tーメン』を見ると、財務省の宣伝映画のような浅薄さを感じてしまうかもしれない。本編部分の劇的要素との釣り合いが実に悪く、金属に木材を継いだような、美的統一性の破綻が際立っていると批判することは可能だ。しかし、この額縁構造を単なる欠点とみなすのは、劇的な仕掛けデバイスによる没入感やある種の規範に沿った審美的判断といった、フィクション映画批評的感性でのみ観察した結果だろう。問題は、1940年代のセミドキュメンタリー・スタイルの劇映画が、映像ジャーナリズムとフィクションのあいだでいかに揺らいでいたか、ということである。

戦後のハリウッド映画、そして特にフィルム・ノワールと呼ばれる一連の映画には、《虚偽性》complicityという極めてシニカルな側面がある。ロバート・ポーフォリオは《虚偽性》の一つの現れ方として《偽の結末》false closureを挙げている。物語じたいは表面的にはポジティブに締めくくられているものの、物語が提起した問題そのものは根本的には解決していない、それが《偽の結末》である。そしてセミドキュメンタリーという手法は、暴力描写、ロケーション撮影、現代犯罪の組織性を通して、表面的な結末(公権力の勝利)の有効性を弱めていると指摘している [5 p.171]

これは多くのセミドキュメンタリー・スタイルの映画が、潜入捜査を題材にしているという事実とも合致する。『T-メン』が好例だ。主演男優(デニス・オキーフ、アルフレッド・ライダー)は映画の大半を犯罪者として過ごしている。暴力や殺人にもより近接しており、物理的危険やモラルの破綻に常にさらされている。結局、プロダクション・コードに支配される劇映画として、額縁構造にして《偽の結末》を迎えるが、観客に提供されているのは、《正義の勝利》よりは《腐敗の魅力》の側面の方が大きいだろう。そして以前見たように、『T-メン』や『夜歩く男』の製作陣は、公権力などではなく、マフィアと深い関係にある人物たちの集まりだった。公権力への阿りは、プロダクション・コードをやり過ごすための方便であって、観客を集めるセールス・ポイントは《タフな男たちの暴力沙汰》であった。それは当時の広告やPRにも如実に表れている(FIG. 1)。

FIG. 1 『Tーメン』封切上映のプロモーション
(左)新聞広告(Los Angeles Times, 1947年12月25日) (右)劇場ロビーで1ドル新札を50セントで配るというプロモーション(フィラデルフィアのスタントン劇場, Motion Picture Herald, 1948年1月31日)

すなわち、表面的には権力という《正義》の勝利を謳う物語のように見えるが、アイデンティティの危うさ、暴力の美学化といったあいまいさを孕んだ映画である。むしろ、ギャング抗争の銃声と政府を鼓舞する勇壮なマーチ音楽が同居しているというシニカルさこそ、『Tーメン』を貫く《異化》の仕掛けなのではないか。

Styles in ‘T-Men’

このセミドキュメンタリー・スタイルの隆興と並行して、都市部でのロケーション撮影を取り入れた劇映画製作が進んでいく。セミドキュメンタリー映画も確かにロケーション撮影を重視したが、それ以外のフィクション映画でも、ロケーション撮影は重要な要素になっていく。例えば、ニューヨークでロケーション撮影を敢行した『死の接吻(Kiss of Death, 1947)』、小型手持ちカメラ(アリフレックス35)を駆使してサンフランシスコの街をスクリーンに映し出した『潜行者(Dark Passage, 1947)』などが挙げられるだろう。また、1946年には、ロベルト・ロッセリーニ監督の『無防備都市(Roma città aperta, 1945)』がアメリカで公開されている。僅か数か月前までナチスに支配され、破壊されたローマの街にカメラを持ち出して、色濃く残る絶望を切り取ったこのフィルムは、アメリカの若い映画作家たちに強烈な衝撃を与えたといわれている。ロケーション撮影によってもたらされる新鮮な近接性が、ハリウッド映画を変えようとしていた。デヴィッド・O・セルズニックは、ファンタジー映画である『ジェニーの肖像(Portrait of Jennie, 1948)』でさえ、ロケーション撮影にこだわった。

FIG. 2 『裸の町(The Naked City, 1948)』のロケーション撮影
(左)夜間のロケーション撮影で構図をチェックをするジュールズ・ダッシン監督 (右)ウィリアムズバーグ橋でのロケーション撮影の様子 いずれも旧式のベル゠ハウエルのカメラを固定でセットアップしている。(American Cinematographer, May 1948)

戦後ハリウッドの流行となり始めた、ロケーション撮影とセミドキュメンタリー・スタイルを、イーグル゠ライオンのブライアン・フォイは見逃さなかった。『Tーメン』はデトロイト、ロサンジェルスとその郊外でロケーション撮影され、財務省OBのバックアップもあり、『ザ・マーチ・オブ・タイム』風の正統派セミドキュメンタリー・スタイルの映画として仕上がった。製作費は424,000ドル、1949年末までに160万ドルの興行成績を上げた [6 p.26]。プロデューサーのエドワード・スモールが資金を調達したため、イーグル゠ライオンの利益配分は25パーセントしかなかったが、一方でフォイが実質的にスモールのクレジットを外したため、エドワード・スモールとイーグル゠ライオンの関係は険悪になってしまったという。

だが、『Tーメン』は、当時人気だったセミドキュメンタリー・スタイルの他の映画とも、実は一線を画しているように思われる。それは《真正性》へのアプローチの違いである。

当時、ハリウッドで劇映画にセミドキュメンタリー・スタイルを取り入れる際に、映画製作者たちは意図的にフラットな照明を用いていたという [7 p.70]。特にド・ロシュモン製作の『Gメン対間諜』『鮮血の情報』などで、この傾向が顕著だ。これは、当時のドキュメンタリー映画や『ザ・マーチ・オブ・タイム』などのジャーナリスティックな映像が観客に与える《真正性》や《真実性》の感触を再現するために、その撮影、照明手法の特徴を模倣したのだった。前述のようにロケーション撮影に必要な技術は整いつつあるものの、狭い空間や少ない光源での撮影は、劇的な効果をねらった構図や照明を挑戦する場所としてはリスクが高かった。『ザ・マーチ・オブ・タイム』は構図も照明も冒険せず、《再現》の演技も棒読みに近いものだったのだが、むしろそれが《真正性》や《真実性》を担保する特徴として、当時の観客に広く認知されていたのだ。つまり、『ザ・マーチ・オブ・タイム』のスタイルを模倣することで、セミドキュメンタリーとして機能すると製作者たちは考えていた。

一方、アンソニー・マン/ジョン・オルトンが考える《真正性》や《真実性》は別のものだった。それを考えるうえで、オルトンの著作は非常に参考になる。

撮影監督のジョン・オルトンは、イーグル゠ライオンで『Tーメン』『脱獄の掟』『虚しき勝利』『霊界魔人 ミスターX』などを撮影していた1947~48年、「Painting With Light」という本を執筆している。これは、彼が映画撮影の基本知識だと考えていたことの集大成で、当時のハリウッドの撮影設備や照明の基本を知るうえで重要な資料である。「Painting With Light」に使用された図版には、彼が当時関わっていた作品からのシーンも多く含まれている。この著作のなかで論じられている光源と映像の関係の考察を踏まえて、『T-Men』や『He Walked By Night』の映像の分析をすると、なぜオルトンが他の撮影監督とは決定的に違う独特な映像を作り上げていたのかをうかがい知ることができる。

この本の中で、オルトンは『T-メン』からのシーンの図版を示しながら「Criminal Lighting」という照明法を説明している。

何年も前に、ジミー・ヴァンレンティンが金庫破りをやるシーンを撮影した。彼は片手に懐中電灯、もう一方の手で金庫のカギを操作していた。懐中電灯が彼の横の床においてある場合もある。いずれにしても、光源はひくいところにある。床の懐中電灯で照らされているような真に迫った効果(authentic effect)を作るため、カメラマンは低い位置から人物にライトを当てて、異様な位置から顔を照らすようにした。この照明は、表情を歪め、日常ではあまり見ないような影を顔の上に作る。

John Alton

オルトンが挙げている「ジミー・ヴァンレンティンが金庫破りをやるシーン」とは、1942年にバーナード・ヴォーハウス監督の下で彼が撮影した『The Affairs of Jimmy Valentine (1942)』の中のシーンだと思われる。ここで描写されているとおり、いくつかのシーンでは照明が下から当てられて、奇怪な印象を残す。当時の撮影技術では、懐中電灯だけの照明で撮影をおこなうことは実際にはできない。フィルムの感度が全く不足しているからだ。だからオルトンは別の強い光源を配置して「真に迫った効果(authentic effect)」を達成しようとしたのである。

彼はこのアプローチを『T-メン』でも使用したと示している。

FIG. 3 ジョン・オルトンの「Painting With Light」より
「Criminal Lighting」の章で引用されている『T-メン』からの1シーン

上のFIG. 3の『T-メン』のシーンは、紙幣偽造団の男が、偽札をチェックしているところだ。暗室で光に照らして細部を観察しているが、その強い光源はやはり下からこの男を照らしているため、「表情を歪め、日常ではあまり見ないような影を顔の上に」作っている。ここでいう「真に迫った効果(authentic effect)」とは、シーンの中で実際に存在している光源で照らされているときに、どのように見えるかを再現するという意味だ。『ザ・マーチ・オブ・タイム』のスタイルであれば、たとえこのシーンでも、フラットに画面全体に照明を当てて見せるだろう。

すなわち、ジョン・オルトン/アンソニー・マンの映画と、当時の映像ジャーナリズムやセミドキュメンタリーのあいだでは《真正性》authenticityの概念が違うのである。

さらに、オルトンたちの映像が目指したものは、単に実際の光源をシミュレーションするという《真正性》だけではない。そこに、フィクションの劇的効果を増幅するための《デザイン》が融合している。

オルトンが著書のなかで議論している「照明の目的」のなかに「深さ(depth)」がある。画面に三次元的な深度を創り出す方法についての、拍子抜けするくらいシンプルな考え方が述べられている。映画のスクリーンを覗くとき、観客は暗い場所から明るい映像を見ている。これだけで「深度」が存在する。映像は、この「深度」を連続的に維持するように考えればよい。すなわち、最も遠い場所を最も明るくし、最も近い場所を最も暗くするのだと述べている。

この原理を適用しているのが、『夜歩く男』のクライマックス、地下水道での追跡シーンだ。地下水道には光源が存在しない。その暗黒の空間を、どうやって広く(深く)見せるか。オルトンは、画面奥から懐中電灯を持った警官たちがこちらに向かって走ってくるショットを繰り返し撮影している。最も遠い場所に警官たちの光源があり、それが地下水道の濡れた壁面に反射している。そして最も手前は漆黒の闇だ(FIG. 4上)。

あるいは、地下水道内に複数の光源を巧みに配置して、三次元の造型をおこなうこともしている(FIG. 4下)。

FIG. 4 『夜歩く男(He Walked By Night, 1948)』
クライマックスの地下水道のシーン。(上)画面一番奥に光源をおいて深度を演出している。(下)複数の光源を配置し、地下水道の内壁を間欠的に照らしている。画面右手前に配置されたドラム缶の向こう側に配置されたスポット光は、缶の輪郭を浮き上がらせている。画面奥に向かって明るくしつつ、光量に変化を持たせて、地下水道の奥行き、広さを表現している。ただしこれらの光源は《authentic》ではない。
FIG. 5 白黒のスケールを用いた奥行きの表現
ジョン・オルトンの著作「Painting With Light」より。奥行きを感じさせるためには、画面奥のほうを明るくするべきだと述べている。上の『夜歩く男』のショットと比較すると、オルトンの意図がわかるだろう。

すなわち、イーグル゠ライオンのセミドキュメンタリー、特にジョン・オルトンが手掛けた『Tーメン』『キャノン・シティ』『夜歩く男』などの作品は、映像ジャーナリズムから派生したスタイルとは一線を画していると言えるだろう。確かに、政府や公的機関による《お墨付き》であることを示す物語構造 ──行政長官らによる演説の導入部と全編に散りばめられた権威的なボイスオーバー・ナレーション── は共有しているが、映像の《真正性》に対する概念が異なっている。当時のジャーナリズムは、

フィルム・ノワール批評のなかで、『Tーメン』や『夜歩く男』の撮影が高く評価されながらも、額縁構造に対して強い忌避感が繰り返し示されるのも、このような劇的でバロックな光の世界を、セミドキュメンタリー的物語構造が台無しにしていると感じる人が多いからであろう。

T-Men in Action

確かに1940年代のジャーナリズムの映像、特に『ザ・マーチ・オブ・タイム』の映像は、冴えない構図の《説明映像》と実に嘘くさい演技の《再現ドラマ》ばかりで、映像芸術としては退屈だろう。しかし、劇映画批評の視点からいったん離れてみないと分からないことがある。

ロサンジェルスで『T-メン』が公開される1ヶ月ほど前に、短編ニュース映画シリーズの『ザ・マーチ・オブ・タイム』が、『T-Men in Action』という20分の映画を公開している。財務省の協力のもと、省内の各業務を紹介する短編ドキュメンタリーで、紙幣の発行や、税関業務、薬物や密造酒の取り締まり、税金徴収など、財務省内部の様子を垣間見ることができる貴重な映像だ。一方で、それらの業務の映像は、演出指導されたものや、一般大衆向けに《再現》されたものも多く含まれている。密造酒製造グループ摘発のシーンは、あきらかに、準備された脚本にしたがって演出、演技、編集されたものだが、これは『ザ・マーチ・オブ・タイム』の定番のスタイルである。

農場で活動している巨大密造酒ギャングを、酒税部門が一網打尽にするシーンがある。全編の中でもこのシーンがもっともエキサイティングだ。

The Plain Dealer (Cleveland, Ohio) [8]

《フィクション長編映画》として企画、製作された『T-メン』と、《画報 pictorial journalism》として企画、製作された『T-Men in Action』だが、コンセプトのうえでは、極めて似通ったものに収斂していった。どちらも、実際の潜入捜査官の仕事を《劇的に》脚色して《再現》し、最後に銃撃戦でクライマックスを迎える。しかし、物語としての収益性を問われる長編映画『T-メン』と、リアリティの衣装をまとったジャーナリズムとしての『T-Men in Action』では、着地点が違っていた。それはプロダクション・コードの存在が果たす役割が大きい。

『ザ・マーチ・オブ・タイム』シリーズは、ジャーナリズムを重視するジョセフ・I・ブリーンがプロダクション・コードを適用しないと決定していた。一部の都市では、プロダクション・コードの規制以外に、市の検閲委員会の検閲は受けるが、『T-Men in Action』のように政府機関のPR的性格の強いフィルムの場合、表現の規制は緩やかなものになる。それだけに、再現パートの描写が極めて独特なものになっている。飾り気のない《率直》で《ありのまま》といった印象を受けるかもしれない。例えば、密造酒ギャングの再現ドラマのシーンでは、車で逃走しようとして射殺された男をとらえる映像は驚くほど容赦ない(FIG. 6)。エージェントの一人が、運転席で斃れた男を引き起こし、死亡を確認してそのまま乱暴に突き倒す。エージェントたちの、感情のない手つき、表情を、生々しい弾痕でおおわれたドア硝子越しに撮っている。もちろん、このシーンも《再現》なのだが、あたかも実際の事件の現場を見ているかのような《率直さ》を感じる。しかし、これはプロダクション・コードによる自己規制の対象でないことを巧みに利用した、《真正性authenticity》を生み出すための独特の文法だと理解すべきだろう。

FIG. 6 『T-Men in Action (1947)』
ドキュメンタリー短編映画として分類されていた『ザ・マーチ・オブ・タイム』シリーズは、プロダクション・コードの対象外だった。ゆえに映像表現は時として奇妙なほど直截的で、鮮烈な印象を残す。
FIG. 7 ボニーとクライドの最期を伝える新聞
有名な弾痕だらけの車体と、ボニーとクライドの死体を第一面に掲載している。このような画報(pictorial journalism)的視覚文法(屋外の陽光、室内は最小限の照明あるいはフラッシュ、水平のカメラアングル、横並びの人物群をほぼ全身でとらえる構図等)が、《真正性》authenticityを与えていた。Shreveport Journal紙 1934年5月24日

『T-メン』は、同社の作品としては成功だった、と述べた。では、ハリウッド基準での「大ヒット」だったのかというと、決してそうではない。

ほぼ同じ時期に公開されていた『ボディ・アンド・ソウル(Body and Soul, 1947)』は、ニューヨークのグローブ劇場で5カ月にわたってホールドオーバーされている。MGMやワーナーの作品で、人気スターが出演している映画ならば、3週間程度のホールドオーバーは当たり前だった。イーグル゠ライオンにとっては、初めてのヒット作だったのかもしれないが、業界全体から見れば注目されるほどではなかった。

イーグル゠ライオンは、目指していたような大ヒット作を打ち出せないまま1948年に入った。それでも、メディアに流れるニュースは景気のいいものばかりだった。ターハン・ベイ主演の『The Spiritualist』、ポール・ヘンリード主演の『Hollow Triumph』、ブライアン・フォイ製作のセミドキュメンタリー『Canon City』の製作が発表され、ロバート・ヤングはハワード・ヒューズからRKOを買収しようと交渉している、と伝えられた。

Notes

配信・ディスク・書籍
Tーメン(T-Men, 1947)

監督:アンソニー・マン 撮影:ジョン・オルトン イーグル゠ライオン

映像に不満があるものの、日本国内のストリーミング(Amazon Prime、Apple、U-Next、Google Play等)、DVDなどで鑑賞可能。日本語字幕はないが、ClassicFlixのブルーレイ(リージョンA)が圧倒的に映像も素晴らしく、ジョン・オルトンの撮影を凄みを体験するには、こちらを推薦したい。パブリックドメイン扱いのため、YouTube等にカラー化版などもあるが、お勧めはしない。

Gメン対間諜(The House on 92nd Street, 1945)

監督:ヘンリー・ハサウェイ 撮影:ノーバート・ブロディン 20世紀フォックス

日本国内のストリーミングではAmazon Primeで鑑賞可能。国内でDVDも発売されている。海外版としては、かつてKino Lorberがブルーレイを発売していたが、今は絶版状態のようだ。中古市場で入手可能。

鮮血の情報(13 Rue Madeleine, 1947)

監督:ヘンリー・ハサウェイ 撮影:ノーバート・ブロディン 20世紀フォックス

現在、日本国内でこの映画を配信している動画プラットフォームは無いようだ。国内では正規版DVDが出ていたが絶版、中古で入手可能。海外も同様。

T-Men in Action (The March of Time)

BFIで視聴可能(Geo-blocked)。

夜歩く男(He Walked by Night, 1948)

日本国内のストリーミングで鑑賞可能だが、やはり映像の質がかなり低い。ClassicFlixのブルーレイは絶版、Kino Lorberのブルーレイが入手可能。日本語字幕はないが、こちらのほうがおすすめ。この映画もパブリックドメイン扱いのため、YouTubeなどで全編がアップロードされているのを見つけることができる。

Painting With Light (Book)

ジョン・オルトンの撮影技法に関するこの書籍は、1949年に出版されたのち、長いあいだ絶版となっていたが、1994年と2013年にリプリントされている。カリフォルニア大学出版が2013年にリプリントした版はオンライン書店で入手可能。

References

[1]^ A. Spicer, “Historical Dictionary of Film Noir.” Scarecrow Press, 2010. Available: https://books.google.com?id=ixVekSdvQCMC

[2]^ A. Helming, “’T-Men’ Opens Run Today at Six Fox West Coast Houses,” Los Angeles Evening Citizen News, Los Angeles, p. 13, Dec. 25, 1947.

[3]^ D. Georgakas, “The Beloved Bs,” Cinéaste, vol. 23, no. 4, pp. 54–55, 1998, Available: https://www.jstor.org/stable/41689089

[4]^ L. Lewis and A. B. Adocock, Eds., “Mimesis, Mode and Method: John Alton’s Film Noir,” in John Alton: Essays on the Cinematographer’s Art and Craft, Jefferson, NC: McFarland, 2020.

[5]^ R. Porfirio, “The Dark Age of American Film: A Study of American Film Noir
(1940-1960),”
Yale University., 1981.

[6]^ T. Balio, “United Artists, The Company That Changed the Film Industry: 1951-1978.”
Madison, Wis: Univ of Wisconsin Pr, 2009.

[7]^ R. Fielding, “The March of Time, 1935-1951.” New York: Oxford University Press, 1978.

[8]^ W. W. Marsh, “Excellent Telenews Bill Is Headed by March of Time’s Exciting
’T-Men in Action’,”
The Plain Dealer, Cleveland, Ohio, p. 10, Oct. 4, 1947.


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